『EDEN』~episode4~





下界と変わらぬ青い空にスズメが飛んでゆく…ちゅんちゅらちゅんちゅらと楽しげに囀りながら。
空を飛ぶ鳥の眼下に広がるは緑の大地。とはいえ樹木が覆っているのではない。草が、カエルが傘がわりに使うという丸い葉をした芋科の植物が幾重にも重なりながら生えはびこっているのだ。それも樹木をはるかに凌ぐ大きさで。
穏やかに吹き渡る風がその大きな葉を揺らせば、木陰…いや、葉陰で暮らす者たちの姿が垣間見える。優雅にデッキチェアーで寝転ぶもの、むしゃむしゃと食事に勤しむもの、何匹かが寄り集まって盤遊びに興じるもの。「外」と異なっているのはそれらの姿が皆「ひと」ではなく愛らしい「カエル」たちだということだ。いや「愛らしい」には語弊がある。取り囲む葉も天を衝くほどの大きさであるのに比例してまた彼らも人のゆうに数倍から数十倍は大きな体をしていたのだった。
ここは『妙木山』。『龍池洞』、『湿骨林』と並ぶ秘境であり、蝦蟇仙人たちの暮らす里である。ちなみに『龍池洞』は白蛇仙人の治める蛇の里、『湿骨林』は特殊能力を持った巨大な蛞蝓(ナメクジ)たちが暮らしているらしい。実は木の葉の里からは忍びの足でひと月ほどの距離にあるここだが、ある特別なルートを通らねば至ることはできず、長くその存在は謎であるとされてきた。
それでもここを目指すものが後を絶たなかったのはロン毛の5人組が歌う「そこにゆけばどんな夢も」ならぬ、「仙界のエネルギーを操る力を手にすることができる」という言い伝えがあったからだった…そしてそこに至る道を見出した初めての忍びが…自来也様だった。

その自来也様に修行をつけてもらうべく里を飛び出して4年、いや5年なのか。じっと青空の下自分の手のひらを見つめるカカシの眼には水かきのついた可愛らしいカエルさんの手のひらが映っていた。
緑色のカエルマスクからはみ出た銀髪が陽を受けてキラリと煌めく。何かを振り切るようにギュッと寄せた眉根、傷に塞がれた左のまぶたが震えると、そっと持ち上がったその下に見えたのは鮮烈な赤の色。途端に右の手のひらに穏やかな空気を軋ませる耳慣れない音とともに青白い雷光が発生した。

「『千鳥』っ!!」

超光速で繰り出された雷光を纏った「貫手」が、葉陰を作る巨大な植物の茎に打ち込まれる。ただ一撃であるにも関わらずその茎の半分以上を焼き切った雷撃に巨大な葉がぐらりと揺れて傾いで、そのままズズン!と地響きを立てて倒れ伏した。

ふう、と額の汗を拭うその腕も木ノ葉の忍服ならぬ緑一色。頭の上にはぴょこんと飛び出た目が一対。まさに可愛い「ケロヨン」とも言うべき仙界印の全身カエルスーツ、いや修行用プロテクターは未だカカシの体から離れる気配すらみせていなかった。

「…なんで…術は完成してるのに。」
「がーははは!だーれが『術が完成したら脱げる』なんて言ったかのぉ!」

頭の上から降ってきた豪快な笑い声に再び眉間にシワを刻みながら見上げれば、伝説の三忍が一人、カカシをここに連れてきた張本人である白髪の大男が、眩しい太陽を背に受けながら面白いものでも見るようにこちらを見下ろしていた。

「自来也様。」
「ふふん、そんな不機嫌そうな顔をするな。せっかく久しぶりに別嬪の弟子に会いに来てやったというに。」
「頼んでません。」
「相変わらず釣れないのォ。」
「オレのこと放ったらかしで出て行って、帰ってきたと思ったら白粉の匂いのする師匠から教わる事なんてもうありませんよ。」
「く~相変わらず手厳しいのぉ!」

ぷい、と踵を返してそのままスタスタと立ち去ろうとする緑の背中を、先程とは打って変わった鋭い声が呼び止めるように響いた。

「お主には足りんものがある。」
「な、」
「じゃから脱げんのじゃろ。」
「な…なんですかソレは!!」
「んなもん自分で考えろ。」
「くっ」

そんなもの。考えるなんて行為とっくに嫌というほど繰り返している。この妙木山にあふれる「自然エネルギー」にも自分に移植された『写輪眼』が反発されることがないよう装着を余儀なくされたカエルスーツ、『時が来れば自然に脱げる』とは言われたものの、脱げることがそのまま修行の終わりであるともなにかの到達点であるとも言われた覚えはない。しかしながらこれが脱げることが一つの通過点であることは疑いようがなく、『千鳥』という「自分だけの忍術」を編み出したカカシにとってこれが脱げないことが己の未熟さを象徴しているように思えるのは無理からぬことだった。

ぎりり、と緑の葉影を見上げて歯噛みする。色違いの瞳に映るのは青い空、緑の葉影。まるで桃源郷のようなここで自分ひとりが出口のない夜を這いずっているようだ。

(んー、ちと冷たかったかのう)
細い肩を震わせる美貌の弟子に、罪悪感を抱かずにおれる人間がいようか。居るならそれは鬼か羅刹か。残念なことに自来也はどっちかって言うとその対局に位置する人間だった。要するに可愛い弟子にどこまでも甘く、誰よりもその鼻の下を長く伸ばしていたのだった。

「んー、その、アレじゃないかの」
「アレって!?」

そんなことは露ぞ知らず、カカシは師と仰ぐ大男の言葉を待つ。そうだ自分に立ち止まってる時間なんてない。

「ホレ…その、おぬしの術の」
「写輪眼との連携は完璧なはずです!」

言い募る自分ににやりと白髪が唇を歪めた。そうだ、もはやこの術にもはや欠点なんて無い。直線的な軌道を描きがちだった動線も写輪眼との…あいつの目のおかげでギリギリまで相手の動きを読んでの攻撃が可能になったんだ。

「ほーうさすがはフィアンセの眼だの」

揶揄を含んだ言葉に煽られて胸の中で必死に抑えていた感情が胸を焼く。足踏みするばかりの未熟な自分、堂々巡りの思考、こうしている間にもあいつは。

「バカなこと言わないでください!あんな大馬鹿オレがフィアンセだなんて認めるわけ無いでしょ!!あいつ…自分の目を俺にだなんてどこまで大馬鹿なんですか!忍びとして浅慮が過ぎます!!」

あの時ホントは。クナイだってオレが庇わなくてもオビトなら避けられたのかもしれない。オレが軌道を読み間違えなければ眼を傷つけることなんてなかったのかもしれない。全部全部自分の未熟さから生じた失態だっていうのに。未熟なオレの行動にあいつが責任を感じる必要なんてなかったのに。

「『うちは』としての自覚がなさすぎますよあいつは!!」
「ほーお」
「とにかく!こうなったからにはオレはあいつよりこの写輪眼を使いこなして、見返してやるんです」

お前の眼がくだらないやつに移植されたなんて思われないように、この眼でこれまで以上に里に貢献して、だれもあいつのしたことを馬鹿だったなんて後ろ指さないように。
(絶対、言葉になんてしてやらないけど)
幾度となく繰り返してきた決意に握った拳に力を込める。十尾がなんだと言ってたのだって…きっとどうにかしてみせる。その自信ならもう充分についてるんだ。だから、早く『自分だけの忍術』を編み出して、ここから出て行かなきゃ。あいつの正しさを証明するためにも。

「いやいや、わしが言いたかったのはな」
「はあ」
「おぬしの術の名前がしっくりきてないから脱げんのじゃないかと。」

まるでとびっきりのいいことでも思いついたがごとき極上の笑みを浮かべた自来也様が大変男らしくビシッとオレを指さして後、たっぷり五秒の沈黙が流れた。
師弟の頭上を小鳥がまたもやちゅんちゅらちゅんちゅらと楽しそうに囀りながら通過していった。

「はあ!?」
「だーいたいなんじゃその『千鳥』て。言うに事欠いて可愛らし過ぎじゃろが。」
「なっ…あれはその!鳥の警告音に似てるからそうつけただけであってっ!」
「おぬし術の発動の度に右手を『ちゅんちゅらちゅんちゅら』いわせながらその可憐な小鳥の名前を叫ぶわけか。」
「いい名前だと思うんですが。」
「どれわしがひとついい名前をつけてやろう。…うーんそうだのぅ、『超弾道雷撃拳―!』とかどうじゃ。」
「ちょっと!どっかで聞いたことあるようなのやめてくださいよ!」
「『超神速雷軌道一式』」
「それミナト先生のネタじゃないですか」
「『電撃だっちゃー!!』」
「うわ、なんか確かに脱げるかんじしますけど絶対ダメー!!!」
「ええーい!一体何が気に入らんと言うんじゃ!!」
「気に入るも入らないも無いでしょ!」

この時、はたで聞いた者がいれば馬鹿丸出しな会話を繰り広げるオレたちは気がつくことができなかったんだ。
既に『妙木山』が震撼するほどの異分子が入り込んでいたことに。
そしてそれがもう近くまで迫っていたことに。


「せんぱーーーいいぃ!!助けてくださーーーい!!!」

聞き覚えのある声に一瞬耳を疑う。声のする方を振り返ったオレの目に飛び込んできたのは木の葉を後にしてきた頃より幾分成長した、手足のひょろりと長くなった『テンゾウ』だった。

「あっ、なんだお前ヤマトじゃない、久しぶり!随分大きくなったな。」

腕の中に飛び込んできた小さな体を抱きとめる。いやいや、なんかいろいろ突っ込まないといけない気がしたけど、お日様の匂いのする髪になんだか懐かしさばかりがあふれてきてしまって、口をついて出た言葉はびっくりするくらい場違いな挨拶だった。

「そそそそんなのんびり挨拶をしてる場合じゃないんですよ!!!」
「は?」
「ま~~~ちなさ~~~いアタシのかわいい子猫ちゃあん、今日こそこの『修行用スネークスーツ』を着てもらうわよぉ…」

遠くのほ~~~うから聞こえてきた陰気な叫び声に自来也先生と二人顔を見合わせる。息を切らして手に持った『修行用スネークスーツ』とやらを振りながら走って(伝説の忍びのくせに)きたのはまさかも何もない、だらりと垂らした長い黒髪、隙間から覗く金色の瞳、陰気を絵に描いたような伝説の三忍が一人、『大蛇丸様』だ。どうでもいいがその手に持ってぶんぶん振り回してる『スネークスーツ』、どう見ても脱皮した蛇の皮にしか見えない。そんなものを人類がどうやって装着できるって言うんだろう。蛇にならなきゃ無理だ。いやさ蛇じゃなきゃ無理だ。この蛇男が蛇の皮を振り回して現れたビジュアルに腕の中のテンゾウが悲鳴を上げた。

「ぎゃあああ!!!」
「…オロチ丸さま、ご無沙汰しております。」

その姿を認めてぴょこんと頭を下げる。綱手様、自来也先生とは違って色々と後暗い噂の絶えないこの人だけど、『伝説の三忍』に礼を尽くさぬいわれはない。

「あらぁん、カカシ君…あなたがいるってことは…ここは妙木山ねぇ…?」
「一体なんの用かのォ、オロチ丸。ここには結界が貼ってあって入れないはずだがの。」
「そんなの簡単よ…ここには万物が投影されている…ここに住んでる同胞の身体に乗り移ったまで…自然エネルギーに愛されてるこの子は簡単に入れたみたいだけどねぇ」
「まあ確かに…仙人様が餌…いや、お召しになる虫たちも、鳥たちも住んでおる『妙木山』じゃ…仙力のないただの蛇なら住んでおってもおかしくはないのぉ。」
「なんでまた、脱皮した皮なんて振り回してテンゾウのこと追っかけてたんです?」
「しつれーねっ!これは脱皮した蛇の皮とかじゃないわよっ!!…まあいいわ、それはね…あたしがその子の『養父』だからよぉ…」
「え、ヤマト、マジで?」
「はははい確かに大蛇丸様は唯一僕の『家』になってくれるって手を挙げてくれた方です…!おかげさまで随分と木遁忍術も暴走せずに扱えるようにはなりました。いろんなことに感謝もしています!ですが!あれは!あの『蛇スーツ』だけは無理!です!!」
「おいそれ目の前でカエルスーツ着てるオレのこと馬鹿にしてるだろ」
「ちょ、先輩、いきなり素で怒らないでくださいよ!してません、してませんてば!てゆーかアレ!!あれどうやって人間が装着できるって言うんですか!!?」
「こーやるのよぉ…」

言うが早いかごきん!と不気味な音が響き渡った。見ればだらんと大蛇丸さまの首が肩から垂れ下がっていた。グラグラと揺れる首もそのまま今度は肩のあたりからバキンゴキゴキと音がして徐々にその体は支えのない何か軟体のタコのようなビジュアルに変わってゆく。はっきり言って怖い。怖すぎる。よい子が目撃しちゃ三日三晩はうなされること請け合いだ。
最後に仕上げとばかりににゅるんとその「大蛇丸様っぽいぐにゃぐにゃ」がスーツの中に入り込んでしゅるりと鎌首をもたげた。もちろん手足の出るところはどこにもない。蛇だ。蛇になったのだ。「虎だ!虎になるんだ!」なんていう名文句はあるけどそれはあくまで観念の話だ。ほんとに虎になるやつなんていない。

「さぁ…まずは首の関節を外すところからやってみてちょうだい…?」
「「「むり~~~~~!!!絶対無理~~~~!!!!」」」

人外魔境の変身シーンを目の当たりにしたオレとテンゾウ、自来也様の3人分の悲鳴が葉陰に響き渡った。

「大蛇丸様…お言葉ですがこのヤマトには『木遁忍術』があるんですから、それを伸ばす修行をしてやればいいんじゃないですか?なにもその…今から人間以外の生き物目指さなくっても。」
「だ~~~~まらっしゃいいい!!『カエルスーツ』ひとつ脱げないひよっこ…いえ『アマガエル』ふぜいにアタシの修行方針をとやかく言われる覚えはないわぁ…。」
「…くっ」
「ああ言い過ぎたかしらごめんなさいカカシ君…あなたが悪いんじゃないわぁ…悪いとすればあの『男も女もまるでお構いなし24時間いつでも種付け可能な高性能エロオヤジ』の指導が悪いのよぉ…あなたもあなたの親友の目もお可哀想に…同情してあげる…。」
「ひとをテレビショッピングの商品みたいに紹介するでないわ!!」
「そうですよ!ひどいですよ大蛇丸さま!!」
「大蛇丸様…」
「なあに?」
「オレの未熟なこともあの人が万年発情期なのも認めます」
「オイこらそこ勝手に認めるな~!!」
「でもこの目だけは…オビトの目はちゃんとオレの中で生きてるんです。可哀想なんかじゃない。」
「あら…気に障ったかしら?あなたにその写輪眼を活かせる忍術が身につけられてるようには思えないけど…?」

もう上位の忍びに対する礼を尽くすのにも限界だと口を開いたカカシを大きな背中が遮った。

「ちょ…自来也さま!?」
「そうじゃのう・・・そんな『蛇スーツ』なんてバカらしい『形』から入ることにばかり気を取られてるおまえにはこいつの真の強さなどわかりっこなかろうのぉ。」
「言うじゃない。そのひよっこに…いいえ子ガエルにどれだけの強さがあるっていうのよ…。あと言っとくけど今『蛇』はナウでヤングな木の葉の若者の間でチョー流行ってんのよっ!」
「いーまどきロン毛なんていう一昔前のファッションに固執するオマエの口から『ナウ』で『ヤング』だなんて言葉が飛び出すなんてたまげたもんじゃのぅー。」
「ちょっと!自来也さま!!一体何のおつもりで…っ」
「言わせておけば・・・図に乗るんじゃないわよぉ・・・。」
「おおーっと、おまえの相手はワシではないぞ?このカカシに特別に相手をさせてやろう!ありがたく思うがよいのぉ!」
「な~~~~~~!!!?」

ずるりと『スーツ』から脱皮した大蛇丸がまるで逆回転のごとくゴキゴキと骨を再構築させてゆく。最後にごきん!と首の骨が元に戻るとだらりと垂らした黒髪の間から除く金色の瞳に見えたのは憤怒の炎。ピリピリと肌を刺す緊張感と修行時には感じられなかった高揚感が胸に満ちてゆく。自来也様の意図していたのはこのことなんだろうけど…安い挑発だとは思ったもののこれに乗ってくれる大蛇丸さまも相当に安い、いやチョロイなんて思ってることは口には出さないでおいた。

「このアタシに対する暴言の数々・・・弟子であるあなたに後悔させてあげるわ・・・くらいなさい『潜影蛇手』!!」
「雷遁雷獣走りの術!」

大蛇丸の差し出した手から迸る勢いで繰り出された無数の蛇を忍犬を象った雷遁が蹴散らす。大蛇丸本体に向けて牙を剥いたそれはあと僅かのところで左の一閃にかき消された。さすがは三忍、年若い忍びの術など歯牙にかけた風もない。不気味な薄笑いを浮かべたまま、今度は天に向けて手のひらを突き出すと、たちまちにそれまでの快晴が嘘のようににわかに黒い雲が渦を巻いて集まり始めた。

「お、おい大蛇丸、まさかアレをやるんじゃなかろうのぉ!?」
「『アレ』って・・・なんですか自来也様」

言うが早いか大男が走り出した。問いを発したテンゾウを横抱きに抱えて。

「まずい、逃げろカカシ!!」
「雷のチャクラを持ってるのは自分だけだなんて思わない事ね!」

ずずん!と不気味な低音があたりに響き渡る。今にも大地に覆いかぶさりそうなくらい低く厚い暗雲、その間をのたうって現れたのはのは雷竜・・・いや、雷蛇だ。とてつもないその大きな雷のチャクラの塊が、「玉を7つ集めればどんなお願いも叶えてくれる」という神龍よろしく中空でゆったりとその優美な鎌首をもたげた。

「ああっ!先輩!早くお願いごとを言わないと!!」
「いやそれなんか違うから!!あれ絶対お前に『ギャルのパンティ』とかくれない感じだから!!」

勝利を確信した蛇男がにやりと口角を釣り上げた。

「くらいなさい…この『大蛇丸劇的速度雷落下二式』を!!」
「あんたもかー!!」

術者の拳が振り下ろされたのを合図に雷蛇が音にならない咆哮を上げる。いや、音がないのではない、あまりに強烈な破壊音に耳が悲鳴を上げたのだ。スローモーションのように大蛇が牙を向きながら地面に・・・自分たちに向かって落下してくる。あれが落ちれば自分とて、いやまだ逃げ切れていない自来也様だってテンゾウだって、はたまたこの仙境だって無事では済まされないだろう。

「う、おおおおおおおおお!!!!」

考えるより先に動いたのは体だった。全身全霊のチャクラを右手に集めて活性化させる。ビリリとあたりの空気を震わせながら発生した雷光が辺りを明るく照らしだす。まだだ、まだ小さい。もっと力を、もっと強く、もっと速く、誰にも負けないように、誰も傷つかないように、守れるぐらいの力を、もっと、もっと!!

「―――『千鳥』っっ!!!」

吠える蛇に向かって雷撃を纏った右手を突き出す。一瞬真昼のような白光があたりを支配した。目を開けていられないほどの光と、誰も聞いたことのないほどの強烈な音が一切の感覚を遮断する。今、自分の攻撃は功を奏したのか、それともこれは現実などではなくとっくに雷に取り込まれてしまったのか。何も見えない。何も聞こえない。だけどもそんな中、たしかに自分は声を聞いたと思った。目を眩ませる冷たい光のなかで異質の、暖かな光を見たと思った。「・・・へばってんじゃねーよ、カカシ。」って。

「・・・オビト。」


ようやっと目が辺りの景色を映し始めて、自分が倒れずに天に向かって右手を突き出したままな事に気づく。黒点が散りまくる視界のなか、ぶんと頭を振れば、見知った桃源郷の緑がまるで何事もなかったかのように陽光に照らされているのが見えてきた。

「う…、」

とっさに痛んだ左目を抑える。無理もない、借り物の瞳力を最大出力で放出したとあっては体のほうが悲鳴を上げて当然だ。

「自来也さま…ヤマト…?」

振り向いた右目に映ったのは白髪の大男でも可愛い後輩でもない、情け容赦の欠片もなく自分に『大蛇丸ナントカ二式』をぶっぱなした張本人だった。…がなんか違う。陰気な金眼もうす気味の悪いアイシャドウもそのままだが、トレードマークの一つであるところの…ロン毛が。

「ふん…なかなかやるじゃないの…」
「大蛇丸様…それ頭アフロにしながら言うセリフじゃないですよ」

哀れだらりと下がってその不気味な顔を隠していた黒い長髪は、まるで伝説の五人の「あのコント」のようにチリチリのふわふわとなって蛇男の頭を三倍ほどに膨れ上がらせていた。

「いやー見事、見事。あの雷遁を雷遁で蹴散らすとはのぉ!」
「自来也さま…オレはいま…何を」

葉陰からのそりと出てきた白髪の大男が、ヤマトを抱えたまま破顔する。

「悔しいけど…あなたのその『千鳥』にあたしの『大蛇丸劇的速度雷落下二式』が相殺されちゃったってことよぉ…。」
「そうさい。」
「ふん…認めてあげるわぁ…あなたがその目を立派に使いこなしてるってことをねぇ…。」

…『相殺』だって言うんなら…なんで大蛇丸様の頭そんなファンキーな感じになってるんですか…?

「テンゾウくん…」
「ひっ!」

ゆっくりとアフロを揺らした蛇男が本来の目的であるテンゾウに向き直る。あれだけの術を見せられた後とあっては、テンゾウは蛇に睨まれた蛙…もとい子猫のようになって震えるばかりだ。

「あなたも見てたでしょう…このくだらないカエルスーツですらこれだけの修行効果をもたらしてるのよぉ…あなたもこのスネークスーツで…」
「くぉら~~~!!『くだらない』ゆうな!!」
「い…いやだ…、です!」
「もう…こんなに嫌だって言ってんですから、勘弁してやったらどうですかオロチ丸さま」

三人三様の波状攻撃に、こきんと肩を鳴らしたアフロがおもむろに晴れた空を見上げた。ちゅんちゅらちゅんちゅらと飛んでゆくスズメたちを見送って、どこか何かを諦めたような精々した白い顔には笑みのようにも思える表情が浮かんでいた。…正直不気味だけど。

「あたしはね…この子に強くなって欲しいだけなのよ…この『木遁』に頼らなくてもいいだけの、本当の『自分だけの強さ』を身につけて欲しいだけなのよ…」
「おろちまるさま…」

ヤマトが申し訳無さそうに眉を下げる。いや、言ってることはなんだか良いことっぽいけどあの『蛇スーツ』はマジで無いから。

でもその言葉にはチクリと何処かを刺された気がした。今までこの目を使いこなすことばかりに気を取られてたけど、オレは本当にそれで強くなったって言えるのか。たしかに『千鳥』は写輪眼のお陰で完成されたようなもんだけど、その宿主であるオレはこの目の扱いに慣れただけで、一歩だって最初の場所から踏み出してないんじゃないのか。

「自分だけの…強さ。」

「なーにつまらん顔しとる!!」

ばちん!と後ろから背中を叩かれてむっとしながら振り向けば、案の定破顔した白髪の師がいた。

「じらいやさま」
「もっと喜ばんかのぉ!!」
「喜ぶ…何をです」
「あの蛇を相殺したチャクラ…ありゃあ写輪眼の賜物なんぞではない。そもそもその赤い瞳はお前のチャクラを食い荒らしこそすれ、おまえのチャクラを増大させるものでなんかなかったはずだ。」
「え、」
「お前はもうその目に振り回されるだけの未熟者ではない。あの場を一歩も退かずにわしらを…仲間を守った立派な『忍び』じゃのう。」

指先で未だ鈍い痛みを訴え続ける左目を、傷の上からそっと撫でてみる。
いま、お前が助けてくれたんじゃなかったのか?ビクリと震えた左目は『知るかよ』とでも言いたげに痛みを増して自分を苛む。なんだかアイツの眼らしいと思うと笑みが漏れた。

「そうじゃカカシ思いついたぞ!!!おぬしの忍術の新しい名前は『雷切』だ!どうじゃ!」
「へ?」

瞬間、体を締め付けていた圧迫がふわりと緩んだ。あ、と思うまもなくずるりとカエルの頭が取れ、白い肩を緩んだ襟ぐりが滑り落ちてゆく。今までその均整のとれた肢体を包んでいた緑色のボディースーツは、見る影もなくその白い足元にくにゃりとたわまった。

「やっ!ちょ、な、なにこれ!?」

妙木山を照らす優しい陽光の下あらわになったのは、瑞々しい少年のしなやかな白い裸の体だった。ぶしゅっ!と鼻から赤い液体を吹き出した大蛇丸&ヤマトが血の海に沈んだ。

「がはは!ワシのネーミングセンスがカエルスーツに勝利したようじゃな!!」

「んなわけあるか!!ってか、服~~~~!!!」

うららかな日差しに包まれる仙人の秘境に、またひとり『己のもつ力』に目覚めた忍びのあげた産声が世にも可愛らしく(自来也談)響きき渡った、その瞬間であった。