『EDEN』~episode3~





「カカシ… 大丈夫?」 
鼻につく刺激臭の中から嗅ぎ当てた、恩師の匂いに意識が浮上した。
「先輩… 僕が分かりますか?」 
白くぼやけた視界の中で、緑の物体が左右に揺れていた
(蓑虫ヤマト?何で、此処に?)
「ん!マイナス効果だよ。カカシ」
(イヤ、先生… マイナス効果って ダメなんじゃ?)
声に出そうとしても、自分の喉からは 空気が漏れた様な雑音しか出なかった。
「白湯があるけど、飲める?先生が、口移しで飲ませてあげても良いんだよ!」
ミナトの言葉の後に、ゴーンと言う鈍い音が響き渡る。
「四代目 すみません。あの 態とじゃ無いので、怒らないで下さい…」
(ヤマト… お前、蔦が切れて 先生の頭の上に落ちたのか?まっ、あれだけ揺れていたら仕方が無いでショ)
視力を取り戻したカカシは、左目を覆う様に巻かれた包帯に、そっと触れた。無言で上体を起こすと、青白い指先で口布を引き下ろし差し出された吸い飲みの中身を、全て飲み切った。唇から毀れた水滴を、腕で拭う
「それで… オビトは、何処に?」
「ん!隣の部屋でオレの本体と、フガクさんと 話しているよ。それより、カカシ どうして、忍犬を呼ばなかったの?否、その前に 実戦訓練で、あれだけ出せていた忍術が 今回の任務で、一つも出せなかった理由を説明して貰えるかな?」
ヤマトが、全身を包んでいた蔦を掌の中に引っ込めると 
僕は、外に出ていますね と、病室から出て行った。
「ねぇ?カカシ 今回の任務が、配属先を決める適正試験を兼ねた大切な任務だって言う事は、君も十分過ぎる程 分かっていた筈だよね?…残念だけれど、今回の件で君のランクは、四位に下がったよ。これが何を意味しているのか… 君なら分かるよね?」
銀糸を揺らし、口布を下げた侭 俯くカカシの、幼さの残る細い肩が痛々しかった。

左眼を覆う様に巻かれた包帯に触れながら、背中に枕を充て 上体を起こしたオビトが告げた。
「だから? たった一回のミスで カカシとオレのペアを解消させるって言うのなら… オレにだって考えがあります。」
黒い瞳から一気に、万華鏡写輪眼独特の模様を浮かび上がらせたオビトの右眼に、フガクが息をのむ
「この眼で見る迄は、信じられなかったが… その万華鏡写輪眼
在命する所有者は、世界でお前と …カカシの二人だけだ」
「ん!オビト 生きている人で、万華鏡写輪眼を持っているのは 君と、君の眼を移植したカカシの二人だけって言う意味だよ」
フガクの言葉を、オビトでも理解できる様にミナトが訳した。
「うちは の血を引く者以外は、受け入れない筈の写輪眼 …お前の婚約者は、受け入れられた様だ」
「あっ?今、何て言った!」
フガクの言葉を聞いたオビトが、驚く
「カカシの身体は、拒否反応を起こさなかったんだよ。こんな事、木の葉の歴史の中で、初めての事だって 三代目も驚いていたよ!」ミナトの言葉に、オビトがベッドの上に立ち上がった
「だーっ!違ェよ!!フガクさんが、その前に行った言葉!!お、オレとカカシ こ、婚約したのかよっ!!」
顔を赤くして叫ぶオビトをミナトが「そんなに興奮すると鼻血が出ちゃうよ☆シャイボーイ」と、窘める。
「当然だろ。万華鏡写輪眼を開眼する切っ掛けを作ったのが、あの方のご子息ならば 今度こそ我が一族に…」
「オレとカカシが婚約… 婚約… こんやくう…」
フガクの言葉は、遙か彼方 オビトの脳内劇場(中二病的妄想とも言う)は開幕した。


春の日差しに溢れた お花畑に舞う蝶。ちゅんちゅら ちゅんちゅら可愛らしい声で、歌う小鳥。 イニシャルが編み込まれた お揃いの手編みのセーターを着たオビトとカカシは手を繋ぎ、弾む気持ちを抑えられない。だって、オレ達 恋しているんだもん!
『オビト オレ、お弁当 作って来たんだ。気に入ってくれると嬉しいな』
カカシが頬を染め、上目遣いにオビトを見詰める
『ヤッター!!カカシの手料理 最高!』
オビトは、右手の拳を振り上げた。
「うわぁ よかったね」「うらやましいなぁ~」と、お花もそよ風に揺れて微笑む。
『いなり寿司…なんだけれど、変かな?』
手にしたバスケットの中から、カカシが紙皿に載せた いなり寿司を取り出した。
『お前と同じ位、ウマそうだ!カカシ!今夜 オレの いなり寿司も 喰ってみるか?』
親指を立て微笑むオビトの歯が、キラリと光る
『もう!オビトのバカ 知らない!』
プンプン怒ったカカシが走り出す。待てよ~コイツゥ と、オビトが追いかけた。
アハハハッ ウフフフッ 青空に二人の笑い声が木霊した


「そう言う訳で、君の左眼には うちはマダラの輪廻眼が移植されたから。ん!オビト 幸せそうだね~ でも、そろそろ 妄想の世界から戻って来てくれないと、先生 困っちゃうな」
ミナトの言葉を聞いても、呆けているオビトの額にフガクの空手チョップが炸裂する。
「オビト… 人の話を聞いていたのか?」
怒りのオーラを発するフガクに向け、オビトが間の抜けた声を出す。
「でも、今のカカシは 君との結婚を望んでいないだろうね。」
ミナトの言葉に驚いたオビトの額の傷口から、突然、血が流れ始めた。
「貴様、オレの空手チョップより こげな、ムッシュ☆なんたら みたいな頭のヤツの言葉の方がショックだったのか!そげな傷口 二度と塞がらん様に成敗してくれるっ!」
両眼を写輪眼にしたフガクが暴れ出す。
「フガクさん 落ち着いて下さい!此処、病院ですから!」
ミナトが、術式が書かれたクナイを両手に叫んだ。

「ん?隣が急に騒がしくなったね?」
部屋を揺らす程の騒音が、隣から聞こえて来ても カカシは俯いた侭だった。
「君には、オビトの“お嫁さん„として生きる道も有るよ。それとも、四代目火影の幼な妻の方が良いかな?」
噛み締めた唇から溢れた鮮血が、顎を伝い アンダーに吸い込まれる。
「…オレは、忍として使えないって事ですか? それじゃ 廃棄処分を受けて『オモチャ』になったヤツ等と一緒って事ですよね?」珍しく感情を露わにしたカカシの声が震えた。
「君が、そう思うのなら そうかも知れないね。相手の幻術に掛った事が分かった時、君は未だ“口寄せの術„が発動出来る状態だった筈だよね? うちは が忍猫使いなのは、『幻術』の象徴が忍猫だからだよ。アカデミーで習ったよね? それじゃ、君が八匹も使える忍犬が象徴しているモノは?答えてご覧、カカシ」
「…幻術解除です」
冷ややかなミナトの声に、カカシが消え入りそうな声で答えた。
「たった一回の任務だって思うかも知れないけれど その任務で、命を落とす事だってあるんだよ? それに今の君は、貴重な瞳術所有者 常に、それに相応しい忍でないと… 木の葉の『恥』になるだけだからね。自信が無いのなら、今すぐ 写輪眼を外しなさい」

「ふーん… それで? 万華鏡写輪眼と輪廻眼を揃えて オレは漸く、四代目火影様の お気に入りになれたって訳か… 今更、否定すんなよ!先生っ! 分身じゃなくて、アンタの本体が此処に居るって事が何よりの証拠だろ? カカシは アカデミー時代からトップの座を守り続け来たんだぜ?アンタ等に その苦労が分かるのかよ? それが、たった一回のミスで 手の平を返したような扱いを受けるなんて… 納得出来ねェ!そういう事が、忍の常識って言うんなら そんな世界、オレがぶっ壊してやるっ!」
ドクリ…包帯の下で、左眼が疼いた。右眼も何時の間にか 万華鏡写輪眼、独自の模様を浮かべていた。
「十尾の結界が、大分 緩んでいるからね。多少、手荒くしても悪く思わないで…っと」
ミナトが素早く封印の術式を結ぶと、オビトの額に封印札を貼り付けた。潮が引いていく様に、オビトの身体から『力』が引いて行く。
「ん!今は未だ これ位で収まりますが… その内、屍鬼封尽をする様な事になるかも知れませんね」
「あっ? …先生 十尾って?封印って?さっぱり、意味が分からねェんだけど」
ミナトの言葉に、封印札を貼り付けたオビトが眉を顰めた。
「…お前が素敵な妄想ショーを見ている間中、説明した筈だが。」
低い声を出すフガクに代わって、ミナトがオビトに語り出す。
「ん!万華鏡写輪眼は、十尾を抑え込む力が有ってね 輪廻眼は、十尾と通じる力が有るんだよ。今のオビトは、十尾の『コントローラ』を握っている感じかな? 人柱力じゃ無いオビトの場合、封印術を使って強制的に、十尾との接続を切断したって言った方が近いかな? ん… 君達次第で、十尾は 災いにも 救世主にもなるからね。 気を付けてね☆」
オビトは、無言で額に張り付いた札を外した。
「輪廻眼の能力も使える。五通りの性質変化は、使いこなせればの話だが…」
皮肉めいたフガクの言葉に、三人の間に沈黙が流れた 
パタパタと、看護忍が廊下を走る足音が聞こえる。
「オビト… 難し過ぎて分からなかったら 先生と お勉強しようか?」
ミナトの言葉に、フガクの顔が思いっ切り引き攣る。
「…宜しくお願いします。」
しおらしく オビトが頭を下げた。

廊下を走り去る看護忍の足音に消されそうな声で、カカシが呟く。
「写輪眼を持ったとしても… 膨大なチャクラを誇る うちは一族と違うオレには、幻術も忍術も 中途半端な事しか出来ない。」
カカシは、ゆっくりと顔を上げた。
「オレに残された道は体術… でも、それだけじゃダメだ。もっと、体術と忍術を組み合わせた 自分だけの技を産みださなきゃ」
「ほぉ~ そこに気付くとは流石じゃのォ。そこ迄、覚悟が出来とるんなら、ワシが妙木山に連れて行ってやろうかの?」
のっそりと病室に現れた偉丈夫にミナトが驚く
「先生! 何時、お戻りになったんですか?」
「十尾の結界が弱まったからのォ~ 気になって、戻って来たら なんぢゃい、カカシがヘマやらかしたとかで、表でヤマトがベソかいておったわ。ミナト カカシの失敗は、師である お前の責任でもあるだろうが?カカシを廃棄処分にするって言うヤツが居るなら、先ずは お前のシリでも触らせて 誤魔化してやらんか。それも出来んとはのーっ 散々 サクモでヌイた癖に お前も、冷たい男じゃのォ」どれ、久しぶりに別嬪さんの顔を拝ませてもらうとするかのォ~と、ミナトを片手で退かすと、自来也は ドカリと見舞い客用の椅子に腰を下ろした。
「何か、聞いちゃいけない事を聞いた気が… イヤ、そんな事より自来也様 オレを妙木山へ連れて行って下さい!十尾の結界が緩んだのも、万華鏡写輪眼と関係が有るんですか?未だ、オビトは覚醒する時期じゃないのに… もしかして、その事に オレが関係して居るのなら、オビトが瞳術を完璧に使いこなせる迄 オレ達は離れた方が良いですよね?」
自来也は、カカシの頭を撫でた
「サクモに似て、カカシは鋭いのォ~ どうやら、お前が十尾の『スイッチ』の様じゃの… それにしても 流石、愛情深き一族。情熱的だとは思わんか?」
自来也は豪快に笑うと、言葉を続けた。
「諜報部隊だったら、いつでも歓迎するぞ。お下劣揃いの暗部と違って、頭脳明晰、容姿端麗な者しか ワシは選ばんからのォ。まぁ、基本給は暗部に少々、負けるがの」
自来也の言葉にカカシの顔が輝く
「だが、妙木山に行っても、片目だけとは言え写輪眼を持つお前は、自然エネルギーに嫌われるからの 仙人には…」
「最初から目指していませんから、結構です。誰にも邪魔されず、自分だけの忍術を生み出したいんです!」
カカシの右眼に強い光が戻っていた。
「先ず、専用のプロテクターを着けて貰う事になるんじゃが、か弱いお前に耐えられるかの?」
「そんな事位、平気です!」ほっほぉ~ カカシは頼もしいのォ
勝手に盛り上がる銀髪二人組を残して、ミナトが消えた。

「ん!予想通りの展開になったね。先の事を考えると、それが一番だからねv オビトは暗部 諜報部にカカシ。将に、適材適所」
分身の記憶を受け取ったミナトが、隣の病室へ向かう。ベッドの上から床に舞い落ちた 木の葉商店街の広告の裏に書いた「十尾」と途中から平仮名になった「万華鏡しゃりんがん」の文字が妙に悲しい…
「オレも隣に行って来ます。」
椅子の上で転寝を始めたフガクに言い残すと、オビトもミナトの後に続いた。
「カカシ!」窓枠に立ったカカシが、月明かりの中で振り返った。
「少し自来也様と修行して来る。まっ、借金のカタとは言え婚約するならオレみたいな不細工じゃ無くて、もっとマシな子を選びなさいヨ」
それだけ告げると瞬身で消えた。
「お前達、すまんが 少しの間、ヤマトの事を頼む。カカシの事は、ワシに任せておけ」
派手に出した煙と共に、自来也が消えた。
「結局、あの方と同じ道を選ばせてしまったか… 腑甲斐ない…な」何時の間に来ていたのか、病室の扉を背にしたフガクが呟いた。

なぁ、カカシ。あの頃のオレは、自分の気持ちを お前に伝える事だけに夢中で… お前が一人で戦っているモノには全然、気付け無かった。
お前が居なくなった次の日 ウチの里の奴が、砂隠れの奴等と火影室に来た。お前が寄付した『火影岩の修繕費』って言うヤツのお蔭で、互いの里の処理班に個人的に依頼する事が出来たって。
全部じゃ無いけれど 配偶者の遺骨が戻って来たって…
これからは、忍として生きるより 残された家族の為に生きたいって、いい歳したオッサン達がガキみたいに泣いていたよ。 
なんだよ カカシ。お前、カッコつけ過ぎだろ?それ。
「優等生の点数稼ぎ」なんて陰口を叩くヤツも居たけれどさ ソイツは、自分が同じ目に遭った時、同じ事が言えるのかな?
愛した人の記憶だけで生きられる程、人は 強く無いからさ…
空を見上げれば、間抜けな形の雲が ふわり ふわり と浮かんでいた。
なぁ、カカシ 風も雲も太陽も… 何も変わらないのに お前だけが遠く離れた侭だなんて オレには、信じられないよ
今なら、うちはマダラの「月の眼」計画が中途半端に終わった事も理解できる。マダラが失くしていたのは、「愛」でも「夢」でもなくて「希望」だったんだ… 幾ら、理想の新世界を創っても それだけは手に入れられないよな…
マダラはさ、一体 誰を見て気付いたんだろうな?
お前の中に居るのがオレの左眼じゃなくて、肋骨だったら…
オレ達は ずっと一緒に居られたのかな?

「…自来也様 これって本当に必要なのでしょうか?」
絶壁に、へばり付いた黄緑色のアマガエルの着ぐるみが問う
「なんぢゃい!カカシ もう、根を上げたのか?情けないのォ~ 必要が無くなれば、この妙木山特製ギブスは自然に脱げるぞ!カカシ!このワシを超えてみろっ!」
みろっみろっみろォ~… 人知れぬ場所にある山奥深く、深緑色のガマガエルの着ぐるみの声が木霊した。
(オレは、アイツにだけは絶対に負けたくない!もし、あのアホが十尾のチャクラを完璧に制御出来る様になったら… )
アマガエルの拳が、絶壁に穴を開けた。
「よしっ!カカシ その調子ぢゃ!次は、ピョンピョン谷のブクブク沼に行くぞ!ワシに続けっ!」
ガマガエルの巨体が宙に舞う。太陽が輝いた。後を追うアマガエルの身体も、宙に舞った。 ゲロゲーーロッ!と、ガマガエルが雄叫びを上げたが アマガエルの声は聞こえて来なかった。