吉外井戸のある村
M'S CLINICAL SOCIOLOGY

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小泉首相の訪朝はいかなる結末を見るか

▼結末として日本はあざむかれる

 小泉・金両首脳会談の予想される結果はこうだ。日朝「正常化」交渉開始は即日の内に合意され、日本・北朝鮮(注)両国政府による共同宣言発表まで行なわれる。付帯条件は二つ。一つは、北朝鮮は拉致疑惑の「行方不明者」全員について安否確認の上、判明しだい順次彼ら全員の帰国について最大限の努力をする。もう一つは、日本は併合・戦争時代の「賠償」の代わりに、北朝鮮への「経済協力」を行なう。

(注)「北朝鮮」とは朝鮮民主主義人民共和国のことである。略称で書くのは、国名が長いからである。以下同じ。

 しかしながら、当日の交渉合意内容と異なり、現実の結末としてはこうなろう。日本は詳細を詰めるその後の交渉で大盤振舞の「身代金」を徹底的にふんだくられる。ところが、北朝鮮は隠蔽仕切れない、あるいは無用になった「人質」の1人か2人か程度を帰国させるだけで、あとは「行方不明者の安否確認を継続中」の一点張りで何もしないだろう。つまり、拉致された大多数は帰ってこない、と思われる。

▼「行方不明者」では「人質」は帰ってこない

 もう少し解きほぐしておこう。北朝鮮にとって今回の首脳会談とは、日本の小泉首相が北朝鮮へ謝罪のために来るものだ。謂われなき植民地支配を受け、35年もの間、一方的に搾取され続けてきたのは北朝鮮である。日本は今ようやくその非を認め、詫び、償いをし、許しを請うために、我らが将軍様(金正日氏)に会いにやって来る、という格好である(注)

(注)金正日氏は、国家主席(元首)ではない。朝鮮労働党という政権党の「総書記」にすぎない。同時に国軍最高司令官たる「国防委員長」であり、だから「将軍様」なのである。ちなみに亡父・金日成氏は「首領様」と呼ばれるが、「首領」とは暴力団などの「ドン」のことである。

 そんな北朝鮮国家に「拉致疑惑」という問題なぞ存在しない。陰謀を仕掛ける日本の勝手な言いがかりである。だが、事故の可能性もある。北朝鮮国家ではなく、ある不埒者が何らかの目的で当該日本人を国内に連れてくるという犯罪があったかも知れない。それなら改めて捜索・調査を行ない、身元が判明すれば、すぐさま帰国させましょう。公式的にはそういうスタンスである。

 だから、金正日氏は拉致事実を認めない。交渉ではともあれ、共同宣言には「拉致」ではなく「行方不明者」という言葉が用いられ、それを日朝両政府は相互に都合の良いように「解釈」し合うことになる。これがその後の現実を生むのだ。北朝鮮の勝ちである。なぜなら、公式には「行方不明者」の存在だけを共通に認めたことになるからだ。いくら捜索・調査をしても見つからない者は帰しようがないのが当然であろう。

▼「人質」の「身代金」としての「経済協力」

 「経済協力」の方はこうだ。共同宣言発表後、「日朝正常化、歴史的合意」「拉致疑惑の○○さん帰国を金正日氏が約束」なぞと日本のマスコミは熱く激しく沸騰するだろう。罠に落ちてくれた小泉首相への美味しい手土産[=実はこれこそが本当の罠]として、具体的な帰国予定者の名が1名は出るだろうと私は考える。この浮かれ立った状況作りこそ、北朝鮮の真のねらいである。

 北朝鮮の「善意」を見たマスコミが創り出す「世論」の声援を受けて、かえって日本政府は退路を断たれてしまう。「経済協力」の金額交渉は、「人質」全員の帰国が保証されたわけではないのに、全員分に相当する「身代金」の先払いを要求される。交渉が膠着しかけると、きっと第2弾の「行方不明者」の発見・帰国が発表されるだろう。こうして巨額の「経済協力」が決定する。

 金額交渉そして約定締結後は、先述のように北朝鮮の「行方不明者」の「捜索・調査」は途端にトーンダウンすることだろう。残った「人質」は次の交渉での対日カードに取っておかなければならないのだから。「貴重な切り札を一度に何枚も切るバカは外交交渉をやるべきではない」とは、金正日氏の言葉かどうかは分からないが。

▼外交交渉とは名分の闘いである

 次に、すでにほとんど終了していると思われる下交渉について考察しておこう。ここは理念ではなく「現実政治」の世界である。北朝鮮が小泉訪朝を受け容れたのは、言うまでもなく、何としても日本から「経済協力」を引き出したかったからである。これしか現体制を維持し続ける現実的選択肢がないからである。北朝鮮は必ず「妥協」するだろう。

 その「妥協」とは、実質的に「拉致疑惑」を認めることを意味する。日本政府は今月14日に奄美大島沖で沈んだ「不審船」を引き上げた。これの内容検証、つまり国籍特定は17日以降と公式には北朝鮮に逃げ道を与えた。しかしこの「不審船」を引き上げたことは日本側の交渉カードであるはずだ。日本政府は、国籍を特定して発表するかどうかは「金正日さん、あなた次第だ」と言ったつもりだ。

 この「動かぬ証拠」に対する北朝鮮の返答はきっとウナギを捕まえるようなもので、そうでもあり、そうでもないというようなものであっただろう。そして「不審船」による「拉致」かどうかは分からぬが、名簿の過半についてはすでに行方をつかみ、順次『全員』帰国させる用意があると言ったであろう。日本側からすれば、北朝鮮は実質的に「不審船」による「拉致」を認めたと「解釈」しても良いのではないかということになったであろう。

 実は外交交渉とは名分の闘いである。言葉こそが勝負なのである。内容的・実質的には同価値だと考えた方が負けである。妥協は心にあるのではない。文面こそすべてである。外交は下交渉にではなく、締結された条文の上にこそ成立している。不審船は「不審船」と呼ばれている限り、北朝鮮の船では決してない。「拉致」も同様であり、「行方不明者」とは天地の差がある。

▼突然の小泉訪朝の謎は日中関係にある

 そもそも、唐突とも思われる小泉首相の訪朝はなぜなされるのか。1年以上にわたる水面下の交渉があったともいう。その結実が「日帰り」の「日朝正常化交渉の糸口を探る会談」なのか。これは明らかにおかしい。「妥結」がすでに成っているはずである。しかし、なぜ「経済協力」を切に望む北朝鮮ではなく、日本側が北朝鮮との国交「正常化」に歩み寄るという「妥協」あるいは「迎合」をしなければならないのか。

 一つの見方として、日中関係という軸がある。今年は日中国交「回復」30周年に当たる(注)。これに際し、江沢民主席は北京で歌手のGLAYのメンバーとは握手をし、小泉首相とはしないという変則的な事態が生じている。小泉首相の靖国参拝問題が中国の反発を招いているせいである。8月15日を避けて4月の春大祭に参拝した小泉首相が、突然訪朝を発表したのは、8月30日だった。

(注)日中国交「回復」と言うが、これはおかしい。前近代はともかく近代国家においては、国家は一つ一つ独立的な主体である。日中戦争は中華民国との戦争であった。戦後に成立した中華人民共和国とは国交「樹立」が正しい。また、当時朝鮮半島は日本「国内」であり、まだ存在しなかった北朝鮮と大韓民国とは、国家としての「交戦」は論理的に不可能である。
 しかし、現実は論理的なものではないことは言うまでもない。中華民国は国際的には国家として抹殺されたし、中華人民共和国、それに北朝鮮と大韓民国は「戦勝国」として、「敗戦国」日本に実質的には「賠償」を求め、実際日本はそれを北朝鮮以外には果たしてきたのである。


▼中朝共同懸案の根本的解決のために

 この間のことを整理しておこう。

◆2001年
12月22日奄美大島沖で不審船と交戦
◆2002年
4月21日小泉首相、靖国参拝
4月24日中谷防衛長官、訪中延期発表(中国拒否)
5月8日北朝鮮人、瀋陽日本領事館へ駆け込み
5月23日北朝鮮人、韓国に到着
8月9日小泉首相、訪中延期発表(中国拒否)
8月15日終戦記念日
8月30日小泉首相、訪朝発表
9月14日不審船を引き上げ
9月17日小泉首相、訪朝(予定)

 この中で重要なのは、5月に起きた北朝鮮人の瀋陽日本領事館への駆け込み事件である。日本領事館のだらしない対応や治外法権を侵した中国官憲・政府への反発は多く論じられてきた。この問題を中国の側に立ち、考えてみよう。日本人にとってもあの映像は衝撃的であったが、それ以上に中国はショックを覚えたはずである。なぜなら、中国官憲の「違法行為」が、そして中国政府の「非人道主義」が隠しようのない姿で国際配信されてしまったのだから。

 中国にとって、この瀋陽事件は "one of them" にすぎない。この前後にも韓国他の外国外交公館へ、北朝鮮からの脱出者の駆け込みが相次いだ。北朝鮮と国境を接する中国は、北朝鮮脱出者を含む「難民」たちにとって格好のエクゾダス(脱出)への道となっている。一方、北朝鮮は中国の友好(保護)国である。北朝鮮のためにも中国のためにも、北朝鮮脱出者と「難民」たちをなくさなければならない。

 その根本的解決は北朝鮮の経済再建にかかっている。そしてそれを援助でき、またすべきなのは日本だけである。単に経済大国だからということではない。中国・中国人を「侵略・虐殺」し、北朝鮮を「植民地支配」した日本には、返し尽くせない逃れられない永久の「貸し」があるからだ。懺悔すべき日中国交「回復」30周年の年にもかかわらず、靖国問題に続いて、瀋陽事件でも日本はミスをしてくれた、と中国は思っている。

 江沢民主席はこう言ったはずだ。日本が北朝鮮と国交を「正常化」してくれれば、中国は感謝すると。それは「貸し」が少しは減るとの示唆である。日朝国交「正常化」後、やがて日中国交「回復」30周年の訪中に代わる「ほうび」が江沢民主席から小泉首相に与えられることだろう。

▼首領の行動パターンと日本の軍事力

 4年前には「テポドン」を放ち、今も「不審船」を航行させる北朝鮮あるいは金正日氏の行動パターンは、2年前に平壌を訪れた金大中大統領の韓国に対してのその後(例えば、潜水艇出没など)を想起すれば十分である。食糧支援など得るべきものを得た後は、北朝鮮は旧に復する。「不審船」の渡航目的は様々であろうが、その存続と廃止は国交「正常化」とは無関係だろう。むしろ「正常化」によって、これまで以上に新たな日本潜入ルートが開かれることになるだろう。

 最後に、畏友・三宅善信氏の教示を受けて、「危険な話」を一つしておこう。日本はこの9月10日に、H-2A型ロケット3号機の打上げに成功した(宇宙開発事業団・種子島宇宙センター)。これには、データ中継技術衛星(DRTS)と次世代型無人宇宙実験システム(USERS)宇宙機が搭載されている。

 1998年に日本の上空を飛び越え、三陸沖の太平洋に着弾したミサイル「テポドン」をお覚えだろう。あの時、あれは人工衛星だと北朝鮮は言い張った。しかし、ミサイル技術と人工衛星テクノロジーは同一のものなのだ。日本のH-2A型ロケットも同様だ。しかも、今度搭載のUSERSは回収型システムなのである。つまり、ICBM(大陸間弾道ミサイル)と同じく、「地上→大気圏外→地上」の航行システムである。

 この高度テクノロジーは「テポドン」を数段上回るミサイル技術である。残る核弾頭用プルトニウムであるが、これも原発によって備蓄が完了している。後は実際に核弾頭とミサイルを製造すれば、日本も核兵器保有国である。早計に誤解しないで頂きたい。核兵器をもって中国や北朝鮮に対抗せよと言っているわけではない。

 「自己中」(ジコチュー)の米国が恣意的にアフガニスタンやイラクを軍事攻撃しても他国は何の手出しもできないように、今なお、軍事を含めた外交や国家戦略は、楽天的なグローバリズム(地球共同主義:)ではなく、インターナショナリズム(国家を前提とした国際主義)の上に立たざるを得ないのだということを肝に銘じて頂きたいだけである。

(注)米国発の「グローバリズム」はこれではなく、パックス・アメリカーナ(米国主導の新世界「秩序」)のこと。
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Copyright(c)1998.06.27,Institute of Anthropology, par Mansonge,All rights reserved