吉外井戸のある村 M'S CLINICAL SOCIOLOGY

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ポスト北朝鮮こそが北朝鮮問題の本質

▼北朝鮮のテポドンで東京は灰燼に帰す?

 5人の帰国以来、拉致問題が膠着している。残念ながら、アメリカが北朝鮮との「不可侵条約」締結の一条件として加えでもしない限り、どう見てもここから一歩も進展しそうにない。そもそも北朝鮮はこれを「拉致問題」として扱うつもりはなかっただろうから当然だろう(注1)。しかし、後に述べるが、カギとなるそのアメリカの行動も、「ポストイラク」になっても和戦両方含めて急展開は期待できない。ではどうなるのか。

(注1)5人の「一時」帰国はあくまで北朝鮮の「厚意」による交渉オプションだった。

 最も大きな可能性は北朝鮮の挑発(=米国へのアピール)の更なるエスカレートだ。韓国への軍事挑発も十分考えられるが、日本の政治家の「妄言」にかこつけて、テポドンやノドンの二、三発も日本に撃ち込んでくることもないとは言えない。そのときは数都市、あるいは東京中心部は灰燼に帰すだろう。核弾頭を積んでいなくても、日本では火災等によって数万単位以上の死傷者が出ることは、阪神大震災の際、地震後の火災等によってこそ多くの死傷者が出たことでも証明済みだ。

 大きな犠牲はあるが、実はこれが日本人にとっては最も良いシナリオだ。日朝(日韓もそうだ)問題の根底には、日韓併合(植民地化)というどうしても消せない贖罪意識を現代日本人が背負っているということがある。非道なミサイル攻撃による尊く甚大な犠牲によってこそ、ようやくこれがちゃらになる(注2)。それに、真珠湾攻撃を甘受することで日米戦争の開戦が可能となったアメリカと同様、日本は北朝鮮を武力攻撃する名目を得るのだ(注3)

(注2)このとき、戦後日本的な「左翼」の存在理由は完全に消滅する。この意味での「左翼」とは政治ではなく、日本人の贖罪行動(良心)だったのである。社民党党首・土井隆子氏の「非」政治的な言動を見よ。
(注3)愚かな国会(これが仮にも国家の最高議決機関か)では、北朝鮮がミサイル発射準備に入ったら攻撃と見なして反撃(=米軍力による発射基地破壊)が可だ、なぞと空論(アメリカの約束はない)がむなしいが、もしもそれが成功すれば「戦争」(「イラク戦争」的なものだ。アメリカと真剣に戦争できる国はない)にならず、かえって日本はますます迷走するだろう。

▼アメリカこそ「ならずもの国家」だ

 しかし、いま述べたシナリオははなはだ楽観的なものだ。北朝鮮が本当に日本を攻撃すればアメリカも黙っていない、と思うのは全く甘い。アメリカにはアメリカの思惑がある。アメリカは隠れなきダブル・スタンダード(相手によって言うことが違う)国家である。この際だから言うが、北朝鮮に押し付けている「NTP(核不拡散条約)遵守」や、イラク攻撃の根拠となっている「大量破壊兵器の保有」とは一体なんなのだ。

 日本の原子力発電所には、北朝鮮の核開発疑惑のときにニュースで映し出されたものと同様の、IAEA(「国際原子力機関」という名の核保有国連合の原爆開発監視機関)のビデオカメラが常に回っている。NTPとは何より日本やドイツへの牽制であったのだ。それ以上に矛盾なのは、核兵器および大量破壊兵器の最大最強の保有国であるアメリカが北朝鮮やイラクにいちゃもんをつけていることだ(戦争には否定的なフランスも目くそ鼻くそである)。

 アメリカは北朝鮮を武力では壊滅させないだろう。アメリカは「国益」に従う。イラクと北朝鮮への対応の食い違いもここにある。イラク制圧(親米政権樹立)の最大の眼目は、やはり石油利権だろう。一説によると、そのねらいは中東石油そのもの以上に、石油メジャー米企業の希望するロシア油田へのシフト・チェンジにあるという。まあ、いずれにせよ、まもなくすべては対イラク戦争後に現実として明らかになることだろう。

▼北朝鮮崩壊は日本を除いて誰も望んでいない

 では、アメリカは北朝鮮をどうしようというのだろうか。アメリカにとって北朝鮮は脅威でも何でもない。むしろ、アメリカの方が「悪の枢軸」である北朝鮮を必要としている。アメリカにとって、冷戦後(21世紀)に残された真の脅威になり得る国家は唯一中国である。最終的には、中国をロシア化(注4)することがアメリカのねらいだ。そのためには東アジアにおける急速な情勢の変化は好ましくないのだ。

(注4)社会主義国ソヴィエト連邦は、資本主義「帝国」アメリカに敵対することを止めて自ら資本主義国となり、欧米風の「民主主義」を信奉するロシア他に解体した。

 北朝鮮・金正日政権が崩壊したら、日本の拉致問題は根本解決を迎えることは間違いない(生存者全員が無事に帰国できるかどうかは別問題だが)。ところが北朝鮮政権の急激な崩壊は、日本を除いてどの国家も積極的には望んでいないのだ。金正日の北朝鮮の消滅とは、統一韓国の出現を意味する。朝鮮半島における統一国家の復活は、実に約百年ぶりのこととなる。冷戦の終結は、第1次世界大戦前の世界情勢への復帰と西洋では言われたが、それが東アジアでも実現することになる。

▼朝鮮半島における国家の運命

 半島における統一国家(大韓帝国)を併合によって消滅させたのはわが日本だが、これは当時の東アジア情勢の中で起こったことである。近代帝国主義時代にあった半島では、約五百年続いた統一王朝・李氏朝鮮をめぐり、宗主国である中華帝国・清、北方の帝政ロシア、東海中の近代国家・明治日本が地政学的布置において鼎立(ていりつ)し、それを利権拡大をもくろむイギリス・フランス・ドイツ・アメリカなど列強が軍事的に監視していた。

 清は朝鮮を近代的な意味でも属国にしようとし、ロシアは満州から半島までの支配をもくろんでいた。日本は南下するロシアを恐れて半島の中立=緩衝国化を望み、朝鮮の近代国家化を図るが、曲折の末、大韓帝国と名を変えた朝鮮を併合したのだ(1910年)。第2次世界大戦が終結して日本が撤退した半島は、再び南進したロシア人(ソ連)の属国になりそうになった。北朝鮮が起こした朝鮮戦争とはそういう戦争だった。

 半島の共産化を望まぬアメリカは、北朝鮮軍を半島の北端まで押し戻した。すると、すでに一部助力をしていた共産中国は本格的に援軍を送り出してきた。こうして、現在に至る南北朝鮮体制が固定し、すでに50年になるのだ。冷戦時には、半島全体がソ連・中国とアメリカの緩衝地帯としてあった。現情勢下では北朝鮮は中国と韓国の緩衝地帯としてあり、かつ日韓両国においてアメリカが軍事プレゼンスを示さねばならない理由の一つとしてある。北朝鮮の凶悪化はその必要性を高めている。

▼米中韓国が北朝鮮を必要とする理由

 つまり、北朝鮮の存在は、アメリカにとって第一に韓国と日本を同盟国として取り込んでおくために重要である。次に北朝鮮の友好国としてある中国を軍事的にも政治的にも押し留めておくのに格好の材料を提供してくれる(脱北者の処理で「人権」を主張するのもこの一環だ)。そして、アメリカがますますの軍事増強を行なうには、その目的の一つである「悪の枢軸」の存在が欠かせないことを何より忘れてはならない。

 北朝鮮と友好であれ敵対であれ、密接に関係する隣国の中国と韓国にとっては、北朝鮮国家の消滅は現秩序を打ち砕く、もっと微妙で深刻な問題である。経済先進国となった韓国は、旧東ドイツを統合することで経済力を減退させたドイツと同様に、長期わたる莫大な費用の投入とともに、別の精神をもった人々を受け容れることによる多大な精神的労苦も強いられ、身動きができなくなるだろう。

 中国は百年前とは異なり、統一韓国を恐れる。なぜなら、韓国はアメリカとの軍事同盟国だからだ。同じ大陸に地続きに隣接する国家同士として、新たな関係構築が必要だ。中国はすでにポスト北朝鮮を前提に活動している。時には国際的な批判を浴びながらも、北朝鮮と特別な友好関係を取り続けていることも、実はその一貫である。崩壊時にはその関係を活かしてスムーズな難民救援等を行ない、統一韓国作りに協力して恩を売ろうというわけだ。

▼統一韓国は米中日にどう対するか

 問題は韓国の主体性である。戦後生まれの韓国は半島統一国家を実は知らない。東アジアの日韓併合以前の世界への復帰は、再び大国に囲まれた半島を生み出す。末期の李氏朝鮮は、清・ロシア・日本に右顧左眄(うこさべん)し、国を失った。今度は、中国とアメリカにどう対するかである。中国と朝鮮国家は、歴史的に実は仲が良くない。朝鮮は表面的に臣従を誓ってきただけだ。中国への「属国」化はあり得ない。

 では、対アメリカはどうか。歴史的経緯から言って、国際的な独立は統一韓国の夢である。ついにその機会が訪れたと、アメリカとの関係の希薄化を望むだろう。具体的には、アメリカ駐留軍の撤退等である。日本基地が存続する限り、駐留軍撤退自体はむしろアメリカも望むところかも知れない。しかし政治的影響力の低下は、中国との「前線」が前進したことから言っても、絶対にあってはならないのだ。それを防止するプレッシャーはすさまじく韓国政府に迫り、韓国政府もそれを受け容れざるを得ないだろう。しかし、先日の反米運動の盛り上がりのように、韓国世論のエネルギーのコントロールは容易ではない。ましてや、北朝鮮の残党を抱えては。

 統一韓国の対日姿勢はどうなるだろう。そう、ますます自信を深め、対日問題(教科書や靖国問題)に関しては中国と歩調を合わせ、強硬姿勢が強まりこそすれ弱まることはないだろう。しかしながら、いやだからこそと言うべきか、日韓併合以前の世界への復帰費用(北朝鮮地域復興のための投資)では、当然のごとく日本の財布を開くことが韓国はもちろん、アメリカや中国からも要求されるだろう。

▼日本政府と日本人の想像力はどこまで届いているか

 ずいぶんと想像を述べてきた。しかしこれが単なる想像ではないことは諸賢には明白だろう。少なくともアメリカと中国はこういうシナリオ(武力や工作あるいは国民教化による北朝鮮政権打倒から自然崩壊まで)をいくつも描きながら、北朝鮮への対応を戦略的に行なっているのだ。見るところ、韓国と戦後日本には真の国家戦略はない。残念ながら、韓国の「太陽政策」も日和見、つまりは時間稼ぎの現状維持にすぎない。

 他国の国家戦略を言うのはおこがましい。わが日本に戻ろう。かの「2チャンネル」では「拉致被害者家族真理教」というスレッドすら出現している。拉致問題を金科玉条(きんかぎょくじょう)にして外交問題を見ようとする風潮を揶揄する名称である。拉致問題は日本人にとっては、確かに一大問題である。しかし、それは国際的には孤立した問題なのである。誰も急速な北朝鮮の消滅は望んではいない。

 いつもながら、日本政府と日本人には想像力がない。おそらく、ポスト北朝鮮においても私たちはアメリカの「属国」のままなのである。北朝鮮と拉致問題、それを考察する視点は当然ながら「ポスト北朝鮮」問題をも収めたものでなければならない。立体的に、つまり地理的に二元的に見、さらに時間の次元でも想像すること。これがここで筆者が言いたいただ一つのことである。
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