吉外井戸のある村 M'S CLINICAL SOCIOLOGY

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イラク人質事件について−あなたはどっち?
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(見解その1)

 今年2月、ある登山事故が起こった。関西学院大学ワンダーフォーゲル部の14人が福井県勝山市の大長山で遭難したのだ。見通しの甘さから自ら招いた事故ながら、深刻な凍傷者も出して散々日本中ヤキモキさせた。福井県警に加えて自衛隊も出動し、悪天候の中ヘリコプターによる懸命の救出活動によってようやく全員が無事に救出された事故だった。

 あれから2ヶ月。名目はともかく、いつからイラクは民間人が自由に往来できる安全な国になったのだろうか。今回謎の組織に拘束された日本人3名はもちろん最悪の事態も覚悟してのイラク入国であっただろう。それはよい。だが、その見通しの甘い行動は、飛んで火に入る夏の虫と言うか、自分たちの生死にとどまらず日本国家の行動を脅迫する人質となる事態を招いてしまったのだ。

 ところが、マスコミの論調は関学ワンダーフォーゲル部のときとは明らかに違う。日本赤軍によるダッカ人質事件(1977年)の際、当時首相であった福田赳夫氏(現官房長官の父)は「人命は地球よりも重い」の名言(あるいは迷言)を吐いて人質の命を大金と犯罪者の釈放で買い、テロリストとその活動資金を世界中にばらまいたが、あたかもそのときのように要求通り自衛隊を撤退させよと、言葉は巧みだが実質的にはそう説いている。

 一番悪いのは言うまでもなく、犯罪組織(もしかしてこう呼ぶことにさえ異論があるかも知れないが、そんな方へは言葉もない)である。だが、このような事態もあり得るとわかった上でイラク入りを強行した人質3名の責任はどうなのか。関学ワンダーフォーゲル部の事故と同様、いかなる事情と言えども人命救出に全力をあげることに異論はないし、無論全面的に賛成である。だが、それが自衛隊の撤退なのだろうか。

 北朝鮮による日本人拉致事件と似た臭いがある。すべてを投げ捨てて、拉致家族を救えと言う声がある。しかしそれでも問題は解決しない。拉致されたすべての日本人が帰ってくるわけではないからだ。今回の事件についても、たとえ救出されても次の犠牲者が出るのは必至だろう(要求はむしろエスカレートする)。だからこそ自衛隊を撤退させるべきだと言うのは本末転倒だ。これは恫喝事件なのだ。

 そもそも自衛隊をイラクへ派遣したことが間違いなのだという論が止まらない。だが、その決定の最高責任者である小泉首相を法に基づいて選んだのは一体誰なのだ。私たち国民である。選挙なぞまやかしだと言うのは、法を軽んじる者の世迷い言だと言うしかない。多数派が真理を体現していると言うつもりはない。だが、民主主義というのはそういう衆愚政治だということは周知のことではないか。

 それにしてもマスコミの無定見は問題である。人質家族の悲痛な会見を無批判に垂れ流してどうするつもりなのか。週刊誌と同レベルの好奇に訴えるネタとして扱っているにすぎない。もちろんこういう角度からは胸を掻きむしられざるを得ない。しかし、それがいかなる解決を想像させ得るのか。政治が政治でなくなって久しい。政治は今やワイドショーであることは周知であろう。


(見解その2)

 国際政治や外交は虚々実々の駆け引きであると言える。根拠が曖昧なままに強行されたアメリカのイラク侵攻もそういう1つだ。アメリカの同盟国によるイラク派兵も、もちろん宗主国アメリカの顔色を窺っての行動である。わが国は1991年の湾岸戦争の際の外交的失敗(部隊派遣なしとの非難)を繰り返さないために、復興支援部隊として自衛隊の派遣を決定し、現実に実行したのだ。

 同じ同盟国の韓国がベトナム戦争以来一貫して米軍支援のために軍隊を派兵してきたことに比べれば、冷戦下における日本の特権的立場が明確になる(平和憲法によって制限されているというのは日米双方の口実にすぎない)。そういう意味で、たとえ復興支援部隊とは言え、今回はまさに画期的なことだと言えるだろう。だが、正直なところ日本人はくたびれるだけの戦争はもう懲り懲りなのだ。

 今回の派遣はタテマエはともかく、アメリカへの義理で仕方なしに行なったことに違いない。初めに述べたように外交は駆け引きだ。事実、安保条約で固く結ばれたと見えるアメリカも、一方では日本に対して政治・経済面ではダブル・スタンダードで接していることはご存知だろう。それに比べて、わが日本は何とバカ正直なのだろう。もっと自国の利益(国益)のためにうまく立ち回ってもいいだろう。

 いくら復興支援のための自衛隊派遣だと言ったところで、イラクを始め諸外国からは「派兵」と理解されるのは至極当然のことだ。嫌でも戦争に巻き込まれることは目に見えている。実際、今回の人質事件が起こってしまった。これこそ千載一遇の天の恵み、引き上げる絶好の口実ではないか。首相は逡巡するパフォーマンスを強く繰り返した挙げ句の果て、期限の5分前に逃れがたい苦渋の決断として、一時撤退を宣言すればよい。

 そして劇的な人質解放だ。特別機で帰国した3人は空港で家族と涙で喜びの再会を果たす。そのまま首相官邸に直行して、首相は無事を祝う。すべてテレビ生中継だ。高視聴率にテレビ各局は万々歳、新聞・雑誌もドラマがたくさん書けて大忙しだろう。そんな中でも一番得をするのが小泉首相だ。支持率は一気に跳ね上がるだろうし、野党も支持と感謝を述べざるを得ない。

 やがて帰国する自衛隊も熱烈歓迎だ。帰国した後、イラクはその後も治安が回復しないであろうし、また国内世論を理由に、派遣なぞ二度としなければよいのだ。国際的な姿勢としては派遣再開の好機をじっと待っていると言い続けておけばよい。併行して、復興支援として日本が得意な金銭援助をサマワなどに行なえばよい。泥沼戦争という貧乏くじを引いたアメリカなんかに、バカ正直に付き合うことはないのだ。体面を保ちながら、国益を追求することが首相の仕事だ。
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