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田村隆一詩集『四千の日と夜』
幻を見る人 四篇
空から小鳥が墜ちてくる
誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
野はある
窓から叫びが聴えてくる
誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
世界はある
空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない
窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない
どうしてそうなのかわたしには分らない
ただどうしてそうなのかをわたしは感じる
小鳥が墜ちてくるからには高さがあるわけだ 閉されたものがあるわけだ
叫びが聴えてくるからには
野のなかに小鳥の屍骸があるように わたしの頭のなかは死でいっぱいだ
わたしの頭のなかに死があるように 世界中の窓という窓には誰もいない
*
はじめ
わたしはちいさな窓から見ていた
四時半
犬が走り過ぎた
ひややかな情熱がそれを追った
(どこから犬はきたか
その痩せた犬は
どこへ走り去ったか
われわれの時代の犬は)
(いかなる暗黒がおまえを追うか
いかなる欲望がおまえを走らせるか)
二時
梨の木が裂けた
蟻が仲間の屍骸をひきずっていった
(これまでに
われわれの眼で見てきたものは
いつも終りからはじまった)
(われわれが生れた時は
とっくにわれわれは死んでいた
われわれが叫び声を聴く時は
もう沈黙があるばかり)
一時半
非常に高いところから
一羽の黒鳥が落ちてきた
(この庭はだれのものか
秋の光りのなかで
荒廃しきったこの淋しい庭は
だれのものか)
(鳥が獲物を探すように
非常に高いところにいる人よ
この庭はだれのものか)
十二時
遠くを見ている人のような顔で
わたしは庭を見た
*
空は
われわれの時代の漂流物でいっぱいだ
一羽の小鳥でさえ
暗黒の黒にかえってゆくためには
われわれのにがい心を通らねばならない
*
ひとつの声がおわった 夜明けの
鳥籠のなかでそれをきいたとき
その声がなにを求めているものか
わたしには分らなかった
ひとつのイメジが消えた 夕闇の
救命ボートのなかでそれをみたとき
その影がなにから生れたものか
わたしには分らなかった
鳥籠から飛びさって その声が
われらの空をつくるとき
救命ボートをうち砕いて その影が
われらの地平線をつくるとき
わたしの渇きは正午のなかにある
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