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田村隆一詩集『四千の日と夜』

正午

窓の外にあるもの、
火と石と骨と、
歯と爪と毛髪のなかに刻まれたわれわれの「時」、
驟雨と予感のなかで、寝台から垂れさがる、
彼女の腕

窓の外にあるもの、
それは死なない
それは歴史の部分ではない、
ひとつの叫喚は、誰にむかって叫ばれるのだろう、
ひとつの破損に、どんな破滅的意味があるのだろう、
誰が傷つける、彼女の腕を、
窓の外にあるものを!

彼女は病んでいる、それは
ぼくを愛していることになるのだろうか、
ひとつの、一回かぎりの彼女の呼びかけが
大きな沙漠に影をつくり、いま
世界は正午に入る

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