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田村隆一詩集『言葉のない世界』
雨の日の外科医のブルース
雨にはガーゼのにおいがする
真夏のモダーンな屠殺所から
紅色の渚から
生きのこったイメジだけが
ブルースをうたってかえってくるよ
もうだれが世界と和解するものか
雨にはガーゼのにおいがする
時代遅れの不安と恐怖に
世界はすっかり癒着してしまったのさ
どんなするどいメスでももうたくさん
甘いさみしいエーテルさえあれば
生殖の夢を見ることなんかないんだって
情熱のない犯罪
傷口だけあって血は流れない
荒れた舌に安いジンがしみてくると
生きのこったイメジだけが
ブルースをうたってすぎ去ってゆくよ
ああだれが世界と和解するものか
安手の倦怠と恍惚に
世界はすっかり癒着してしまったのさ
どんな国際医学会議ももうたくさん
あかるい上機嫌なリズムさえあれば
男色の夢が見られるんだって
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