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田村隆一詩集『言葉のない世界』

言葉のない世界

1

言葉のない世界は真昼の球体だ
おれは垂直的人間

言葉のない世界は正午の詩の世界だ
おれは水平的人間にとどまることはできない

2

言葉のない世界を発見するのだ 言葉をつかって
真昼の球体を 正午の詩を
おれは垂直的人間
おれは水平的人聞にとどまるわけにはいかない

3

六月の真昼
陽はおれの頭上に
おれは岩のおおきな群れのなかにいた
そのとき
岩は屍骸
ある活火山の
大爆発の
エネルギーの
熔岩の屍骸
なぜそのとき
あらゆる諸形態はエネルギーの屍骸なのか
なぜそのとき
あらゆる色彩とリズムはエネルギーの屍骸なのか
一羽の鳥
たとえば犬鷲は
あのゆるやかな旋回のうちに
観察するが批評しない
なぜそのとき
エネルギーの諸形態を観察だけしかしないのか
なぜそのとき
あらゆる色彩とリズムを批評しようとしないのか
岩は屍骸
おれは牛乳をのみ
擲弾兵のようにパンをかじった

4

おお
白熱の流動そのものが流動性をこばみ
愛と恐怖で形象化されない
冷却しきった焔の形象
死にたえたエネルギーの諸形態

5

鳥の目は邪悪そのもの
彼は観察し批評しない
鳥の舌は邪悪そのもの
彼は嚥下し批評しない

6

するどく裂けたホシガラスの舌を見よ
異神の槍のようなアカゲラの舌を見よ
彫刻ナイフのようなヤマシギの舌を見よ
しなやかな凶器 トラツグミの舌を見よ

彼は観察し批評しない
彼は嚥下し批評しない

7

おれは
冥王星のようなつめたい道をおりていった
小屋まで十三キロの道をおりていった
熔岩のな流れにそって
死と生殖の道を
いまだかつて見たこともないような大きな引き潮の道を
おれは擲弾兵
あるいは
おれは難波した水夫
あるいは
おれは鳥の目
おれはフクローの舌

8

おれはめしいた目で観察する
おれはめしいた目をひらいて落下する
おれは舌をたらして樹皮を破壊する
おれは舌をたらすが愛や正義を愛撫するためでない
おれの舌にはえている鈷のような刺は恐怖と飢餓をいやすためでない

9

死と生殖の道は
小動物と昆虫の道
喊声をあげてとび去る蜜蜂の群れ
待ちぶせている千の針 万の針
批評も 反批評も
意味の意味も
批評の批評もない道
空虚な建設も卑小な希望もない道
暗喩も象徴も想像力もまったく無用の道
あるものは破壊と繁殖だ
あるものは再創造と断片だ
あるものは断片と断片のなかの断片だ
あるものは破片と破片のなかの破片だ
あるものは巨大な地模様のなかの地模様
つめたい六月の直喩の道
朱色の肺臓から派出する気嚢
氷嚢のような気嚢が骨の髄まで空気を充満せしめ
鳥は飛ぶ
鳥は鳥のなかで飛ぶ

10

鳥の目は邪悪そのもの
鳥の舌は邪悪そのもの
彼は破壊するが建設しない
彼は再創造するが創造しない
彼は断片 断片のなかの断片
彼には気嚢はあるが空虚な心はない
彼の目と舌は邪悪そのものだが彼は邪悪ではない
燃えろ 鳥
燃えろ鳥 あらゆる鳥
燃えろ 鳥 小動物 あらゆる小動物
燃えろ 死と生殖
燃えろ 死と生殖の道
燃えろ

11

冥王星のようなひえきった六月
冥王星のようなひえきった道
死と生殖の道を
おれはかけおりる
おれは漂流する
おれはとぶ

おれは擲弾兵
しかもおれは勇敢な敵だ
おれは難破した水夫
しかしおれは引き潮だ
おれは鳥
しかもおれは目のつぶれた猟師
おれは猟師
おれは敵
おれは勇敢な敵

12

おれは
日没とともに小屋にたどりつくだろう
背のひくいやせた灌木林がおおきな森にかわり
熔岩のながれも太陽も引き潮も
おれのちいさな夢にきえぎられるだろう
おれはいっぱいのにがい水をのむだろう
毒をのむようにしずかにのむだろう
おれは目をとじてまたひらくだろう
おれはウィスキーを水でわるだろう

13

おれは小屋にかえらない
ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない

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