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田村隆一詩集『新年の手紙』
緑色の顔の男
美しい朝だった
ぼくら肩をくんで
沖の彼方へ消えて行く艦隊を見送ったのだ
「自由」と「必然」の海には
大きな沈黙が支配し
幻だけが実在なのだと
ぼくらはあくまで信じていた
むろん 艦隊は帰ってはこなかった
どこの港にも いかなる祖国にも
むろん 実在は幻にすぎなかった
ぼくら肩をくんで
水平線をみつめていたのだが
「必然」と「自由」は歴史のなかにしかなかった
歴史から出て行こうとするものは
緑色の顔の男だ
肩をくむその手をといて
その手をたらして「美しい朝」を
粉砕する
飢えるためにはもっと工夫がいる
夢見ないためにももっと想像力がいる
ぼくらは「ぼくら」と別れるべきだ
群衆や集団のなかに
緑色の顔の男を探してみても無駄かもしれない
悪だけが実在するときみが云うのなら
歴史はこうささやくだけだ
「巨大なものはすぺて悪である」
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