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田村隆一詩集『新年の手紙』
おそらく偉大な詩は
一篇の詩は
かろうじて一行にささえられている
それは恐怖の均衡に似ている
人間は両手をひろげて
その均衡に耐えなければならない
一瞬のめまいが
きみの全生涯の軸になる
おそらく偉大な詩は
光りの速度よりもはやいのかもしれない
そのために人間は
未来から現在へ
現在から過去へ侵入するのだ
死者が土のなかから立ちあらわれ
かれを埋葬したひとびとの手のなかにかえってくる
かれは背をむけたまま後退する
かれを産み出した肉色の闇のなかへ
産み出した源泉へ
愛は破滅から完成にむかうのだ
すべてが終りからはじまる
永久革命も
消滅した国家も
そして一篇の詩も
おそらく偉大な詩は
十一月の光り
なにもかも透明にする光りのなかにある
それで人間は眼をとじるのだ
両手をひろげて立ちすくむのだ
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