▲contents
田村隆一詩集『新年の手紙』

おそらく偉大な詩は

一篇の詩は
かろうじて一行にささえられている
それは恐怖の均衡に似ている
人間は両手をひろげて
その均衡に耐えなければならない
一瞬のめまいが
きみの全生涯の軸になる

おそらく偉大な詩は
光りの速度よりもはやいのかもしれない
そのために人間は
未来から現在へ
現在から過去へ侵入するのだ
死者が土のなかから立ちあらわれ
かれを埋葬したひとびとの手のなかにかえってくる
かれは背をむけたまま後退する
かれを産み出した肉色の闇のなかへ
産み出した源泉へ
愛は破滅から完成にむかうのだ
すべてが終りからはじまる
永久革命も
消滅した国家も
そして一篇の詩も

おそらく偉大な詩は
十一月の光り
なにもかも透明にする光りのなかにある
それで人間は眼をとじるのだ
両手をひろげて立ちすくむのだ

previousheadnext
Copyright(c)1996.09.20,TK Institute of Anthropology,All rights reserved