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田村隆一詩集『新年の手紙』
リバーマン帰る
雨男のリバーマン、アメリカは中西部
トーモロコシの空間へ帰って行くよ。
「横浜の波止場から
おお 船に乗って!」
二人の娘と、一人の息子を
両脇にかかえて、白熊のような奥さんに、
Support されて、イリノイ大学へ帰って行くよ。
早く帰らないと、
ウーマン・リブの女教師に、Professor の Position を
とられてしまうぞ、イリノイにはあんまり雨がふらないから
たっぷり、日本の梅雨に濡れて、
おお、青い、つぶらな瞳をうるませて、
躁鬱病のリバーマンは帰って行くよ。
そこでぼくらはお別れパーティ、
鎌倉は、いま入梅で、池はミシガン湖ほど大きくないが、
ボーフラが、ヒョロヒョロわいている。
そこで、ヒョロヒョロ立ちあがり、
ウイスキーに酔っぱらって、
ぼくは、演説したんだ、通訳は、ニークラ。
雨男が鎌倉にやってきたとき、
借家の交渉からガス風呂の修理まで、
ニークラが話をつけたんだ、ドルを、いちいち、
円に換算して、ちょうど、円の切り上げで、
ドルが下った、雨男が泣いた、
雨男は詩人だから、ドルの嘆きの詩を、ニューヨーカーに寄稿した、
原稿料が入ったから、雨男は料理屋へ行ったよ、日本の
PCBがたっぷりはいっている、いきのいいハマチが大好きで、
そこで、板前がたずねたものだ、「お客さん、ご職業は?」
雨男は、鼻をヒクヒクさせて、マイルドな日本語で答えたものさ、
「わたしは、シュジンです」
「へえ、主人?」
「シジンです」
「なーんだ、詩人ですかい」
そこで、ぼくは演説したよ、ヒョロヒョロ、立ち上って、演説したんだ、「日本じゃ、
大学の先生と、云ったほうがいいね、
詩人といったら、乞食のことだ、
中西部とはちがうんだ、あの燃える、
夕日がギラギラ落ちて行く、トーモロコシ畠のまん中で、
ほんとうの詩人とは、腕ぷしの強い農夫のことさ、日本じゃ、進歩的なヘナチョコ百姓ばかり、アメリカといったら、ベトナム戦争と人種差別のオウム返しさ、……」
ぼくは酔っぱらって、なーんにもわからない
通訳も酔っぱらって、なーんにもわからない
雨男だけ、キョトンのキョンだ キョトンのキョン!
さ、元気で! きみたちの一路平安を祈る!
日本のことなんか、忘れてしまえ!
あばよ、カバよ、アリゲーター!
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