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田村隆一詩集『新年の手紙』
新年の手紙(その二)
元気ですか
毎年いつも君から「新年の手紙」をもらうので
こんどはぼくが出します
君の「新年の手紙」はW・H・オーデンの長詩の断片を
ガリ版刷にしたもので
いつも愉しい オーデンといえば
「一九三九年九月一日」という詩がぼくは大好きで
エピローグはこうですね
『夜のもとで、防禦もなく
ぼくらの世界は昏睡して横たわっている。
だが、光のアイロニックな点は
至るところに散在して、
「正しきものら」がそのメッセージをかわすところを
照しだすのだ。
彼らとおなじくエロスと灰から成っているぼく、
おなじ否定と絶望に
悩まされているこのぼくにできることなら、
見せてあげたいものだ、
ある肯定の炎を。』
ナチス・ドイツがポーランドに侵入した夜
ニューヨークの五十二番街の安酒場のバーで
ドライ・マルチニを飲みながら
オーデンがひそかに書いた「手紙」がぼくらの手もとにとどいたときは
ぼくらの国はすっかり灰になってしまっていて
政治的な「正しきものら」のメッセージに占領されてしまったのさ
三十年代のヨーロッパの「正しきものら」は深い沈黙のなかにあったのに
ぼくらの国の近代は
おびただしい「メッセージ」の変容の歴史 顔を変えて登場する
自己絶対化の「正しきものら」には事欠かない
ぼくらには散在しているアイロニックな光りが見えないものだから
「メッセージ」の真の意味がつかめないのです
大晦日の夜は材木座光明寺の鐘を聞いてから
暗い海岸に出てみるつもりです きっとすばらしい干潮!
どこまでも沖にむかって歩いて行け!
もしかしたら
「ある肯定の炎」がぼくの瞳の光点に
見えるかもしれない
では
*W・H・オーデンの「一九三九年九月一日」の引用句は、中桐雅夫氏の訳による。
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