上條信一さんが考案された超3極管接続(超3結)アンプを知ってから手を染めるまで、少し時間がかかりました。昔の経験から、「5極管、ましてやそれで組んだシングルなど、どう転んだってロクな音が出るはずない」とたかをくくってたからです(深く反省!)。上條さんのHPや宇多弘さんのHPを読ませていただき、多極出力管に3極管を介した強力なP−G帰還をかけることで、本来はメチャメチャ高い多極出力管の内部抵抗を大幅に引き下げてうんと低いインピーダンスで動作させる(浅学非才ですので間違ってたらごめんなさい)らしいことがわかり、製作された多くの方々からも絶賛されていますので、遅まきながらチャレンジしてみました。
ということで、部品代1万円也を目標に2005年に製作した6BM8系の超ローコスト超3結アンプの意外な実力を紹介します。6BM8超3結は作例が豊富に紹介されて「何を今さら」ではありますが、製作途中で初段が半導体と球とではどんな違いが出るのかなと思い、急きょ、Rch初段に2SC1775A、Lchに6AK5を使ってみた実験機でして、同じ疑問を持たれている方には何かの参考になるかも知れません。言わずもがなですが、実用機として製作される場合は、どちらかお好みの初段に統一して下さい。
〈設計〉
パーツの調達を福沢諭吉さんお一人にまかせるとなると、超3結アンプ界の定番、東栄変成器のトランス類+6BM8の組み合わせ以外にちょっと考えられませんが、普通に組めばこれでもかなり足が出ます。電源トランスのZT−03ESはこれ以外に安くて適当なものが見あたらないので無条件に採用、出力トランス4個は皆さんが使われているT850よりもさらに小型で1個あたり150円安いT600としました。それにしてもちっちゃい! 4×3cm程です。
ヒーター電源にAC100Vラインが使えると、ヒータートランスが不要になるのでさらなるコストダウンが可能。ヒーター電圧50Vの50MB8×2本に白羽の矢を立てましたが、ネットオークションでも結構なお値段です。そこで、3本必要ですがそれでも50MB8×2本より安い不人気球の32A8となりました。初段はもちろん半導体です(しかし、途中で初段に球も使えるよう計画変更したため、結局はヒータートランスが必要になりましたが……)。
信号伝送系の基本回路は上條さんの「超3極管接続Ver1.6BM8シングルステレオアンプ」や宇田さんの「6BM8超三極管接続アンプ」を手本にさせていただきました。初段以外は同条件でを基本に、当初は両chとも32A8のカソード抵抗を1.2kとしていたのですが、50V前後あった6AK5のスクリーン電圧を25V前後に下げた方が歪みが減ったため、LM317による定電流化(45.5mA)を兼ねた回路となりました。LM317の代わりに680Ω(5W)を入れてもかまいません。
2個の出力トランスの繋ぎ方は、定番の1次(7k)並列、2次(8Ω)直列方式に比べて低域の伸びはやや劣るものの歪みが3割前後少なくなる1次、2次とも並列方式としました。どちらを選ぶかは好みの世界でしょうが、私の耳では聴き比べてもほとんど違いがわかりませんでした。
低インピーダンスドライブだけに、B電源の低リップル化とローコストを両立させるべく電源部にはTRリップルフィルターを入れ、その先は左右枝分かれさせて出力トランスを経由した信号の戻り道になる100μの電解コンデンサーを左右別建てとし、チャンネル間クロストークの改善を図っています。
〈32A8って?〉
あまり馴染みのない名前ですが、6BM8、8B8、11BM8、16A8、32A8、50BM8で構成される6BM8族の一員です。ヒーター定格が32V、0.15Aで、プレート電圧やカソード・ヒーター間耐圧の最大定格が6BM8と異なる以外は外形やピン接続も特性も6BM8とまったく同じですから、ヒーター回路さえ変更すれば6BM8と差し替えられます。
なぜこんな半端なヒーター電圧なのかというと、ヒーター電流が同じ(例えば12AX7など)球を何本か直列にしてAC100Vラインをヒーター電源に使えるようにするためで、昔は32A8×2本と整流管の35W4で構成された簡単なポータブルステレオなどが売られてました。
本機ではコスト面から整流管を使いませんので、タダ飯を食うだけで遊んでいられるいい身分の1本も含めて計3本が必要になり、地球環境に優しいアンプとは言えませんが、ご容赦を。
Rch(初段2SC1775A) | Lch(初段6AK5) | 備考 | |
利得 | 16倍(24dB) | 7.3倍(17.3dB) | |
最大出力(歪み5%、1kHz) | 2.3W | 2.5W | |
周波数特性(−3dB以内) | 40Hz〜28kHz | 50Hz〜24kHz | 1W出力時 |
歪率(1W、1kHz) | 0.34% | 0.85% | |
ダンピング・ファクター(1W、1kHz) | 7.6 | 6.7 | ON−OFF法 |
クロストーク(200Hz〜100kHz) | L→ −66dB以上 | R→ −63dB以上 | 0dB=1V |
残留雑音(聴感無補正) | 0.45mV | 0.67mV |
〈基本特性〉
周波数特性グラフはこちら 歪率グラフはこちら
【周波数特性】 ミニミニ出力トランスとの組み合わせとはいえ、思わず仰け反ってしまいそうな(特に10kHz方形波なんかジョーズの背鰭です)データですが、それでも初段にTRを使った方が球よりも若干いいデータが出ました。−3dBのポイントは低域側で10Hz、高域側で4kHzそれぞれ伸びています。また、初段TR式の出力トランス結線を超3結定番の1次側=7k並列、2次側=8Ω直列にすると、全体が低域側にずれ込んだ特性となりました。
【歪み特性】 初段TR式が有利でしたが、ただ、出力が1Wを超えたあたりから猛烈に3次歪みが増え、いわゆる無歪み最大出力(歪み5%)は初段・球式に及びませんでした。出力トランス結線を1次側=7k並列、2次側=8Ω直列にすると、最大で3割程度歪みが増加します。
電源部に少しだけでもコストをかけた効果で、クロストークは左右共用電源のシングルアンプとしてはまずまずで、低域側は200Hzまで信号の漏れは残留雑音以下のレベルでした。しかし、それ以下になると徐々に漏れが多くなり、10HzだとR→Lが57dB、L→Rが49dBまで低下しますが、まあ良しとしましょう。傍熱管にしてはヒーターハムが多いですが、32Vという高電圧に加え相当くたびれた中古球なのでまあこんなものかも知れません。
さて、肝心の音ですが、5極管シングルと昔の子供向けラジオキットについてたような小さな出力トランスの組み合わせからはちょっと信じがたい、張りと躍動感のある音で、特に低域はデータから得られる以上の力強さが感じられます。ただ、全体に真夏の昼下がりのようなというか、あるいは蛍光灯の光のようなというか、音色は明るいけれどもツルッとしていて陰影がやや乏しいなという感じも受けましたが、このお値段でできる真空管アンプにそこまで求めるのは欲というものでしょう。とにかく、コストパフォーマンスの高さには本当にびっくりします。
初段がTRと球とでは、データ的には多少の違いが出ましたが、片chずつモノラル音源にして聴いてみたものの、正直言って音色の違いは私の耳ではよくわかりませんでした。初段が球の方がわずかに柔らかみがあるような気もする……という程度です。製作されるなら、初段をTRもしくはFETにした方が簡単で安上がりです。
〈部品代明細〉
2SC1775A−32A8超3結アンプお買い物リスト(RL両ch分) | ||
品目 | 価格 | 備考 |
アルミシャーシ(大)×1 | 1200円 | 冨士シャーシ製、傷モノでまけてもらう |
アルミシャーシ(小)×1 | 530円 | 〃 |
電源トランス(ZT−03ES)×1 | 2000円 | 東栄変成器製 |
出力トランス(T600)×4 | 2400円 | 〃 |
真空管32A8×3 | 900円 | ネットオークションで中古 |
9Pソケット×3 | 450円 | ネットオークションで新品 |
2SC1775A×2 | 220円 | |
2SC3572×1 | 210円 | |
VR50k(A)×2 | 150円 | |
半固定VR5k(B)×2 | 300円 | |
整流ダイオード(1kV1A)×4 | 40円 | |
電解C(100μ350V)×5 | 1000円 | ネットオークションで新品 |
電解C(220μ100V)×2 | 200円 | 〃 |
フィルムC(1μ50V)×2 | 50円 | |
抵抗類(1/2〜5W)×20 | 360円 | |
その他ACコード、SW、ラグ板、ターミナル等 | 770円 | |
計 | 1万780円 | |
(注)価格は2005年時点のものです。 |
という具合で、少し足が出ましたが、タイトルが「羊頭狗肉」にならない範囲だと思いますのでご容赦を!
現在は当時よりパーツ価格が上がってますが、それでも工夫すれば1万3000円以内に収まるかと思います。初段を6AK5で組む場合には、球のほかヒータートランス(6.3V、0.35A以上)や7Pソケットが必要ですので、2000円程度コストがかさみます。