プッシュプルアンプは「拡声機」としては極めて優秀です。周波数特性(特に低域の)、歪率、出力、コストパフォーマンス…いずれをとってもシングルアンプはとうてい太刀打ちできません。しかし、反論はあるでしょうが、自作、メーカー製「高級品」を問わず、プッシュプルアンプは「音楽」を聴く道具としては「いまイチだなー」というのが長年の経験的実感です。
理由はただひとつ。物理的特性は非常に良いのになぜか音自体に魅力が乏しいということに尽きます。それがなぜなのか、浅学非才の当方にはよくわかりませんが、同じ思いをされている方も少なからずいらっしゃり、また、昔から「アンプ作りはシングルに始まりシングルに終わる」とよく言われてきていますので、あながち当方の「耳の悪さ」のせいだけではなさそうです。そんな訳で、以前に我が家で生まれたり運ばれてきたりしたプッシュプルアンプたちは埃をかぶって部品取りの運命を待つか、苦しい財政事情の再建のためネットオークションに流れて行った(買われた方はごめんなさい)訳ですが、今のところ唯一の例外がこの全段差動プッシュプルアンプです。
動作原理などは、この方式の真空管アンプを普及させられた「ぺるけ」こと木村哲さんのHPや著作「情熱の真空管アンプ」に詳しく載っており、ここで生半可な説明をするよりそちらを読んで頂くのが一番ですので、理論的なことには触れずに話を進めますが、結果をひと言で表現すれば木村さんがおっしゃっているように、プッシュプルアンプの長所を生かしつつも「シングルテイスト」の味わいがある不思議なアンプです。「プッシュプル」とはいえ、動作原理が普通のプッシュプルとはまったく別ものであるところにこのアンプの音色の秘密があるようです。
〈ST出力管「45」〉
古典直熱3極管のひとつで、ナス管の「245」として1929年に発売され、1933年に画像のようなST管「45」になりました。フィラメント規格は2.5V1.5A、プレート損失10W、A1級シングルで出力1.6W程度と、おなじみの2A3の半分ほどの規格です。
45を使うことにしたのは、これまであれこれさわってみた出力管の中で最も「いい音」が出る球だったからです(但し、PX4とかDA30とかベラボーなお値段の欧州古典球などには到底手が出ないので、決して45がベストというつもりはありません、念のため)。
「いい音」とはどんな音なのか、個人の好みもあって一概には決められないのは当然ですが、私の場合は「楽器がその楽器らしく聞こえる音色」。透明度の高いしっかりした芯の外側に薄くて柔らかなベールをまとった気品のある音とでもいうのでしょうか、まあ、300Bがマリリン・モンローだとすれば、45はグレース・ケリーといったところですか
(古い! 歳がバレそう……)
45いろいろ(WARDS、NU、SYLVANIA、RCA)
基本的に中古(大古?)球に頼らざるを得ませんし、パワーが小さい、近年は値段が高騰している、バイアスが深い(−50V程度)のでドライブが結構難しいなどのネックもありますが、それらをすべて足してもお釣りがたっぷり返ってくる音色を出す名球だと思っています。
〈回路設計〉
基本構成は、木村さんの「6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプ」(3段構成バージョン)が手本です。木村さんは初段にFETを使った合理的で低コストの設計をされており、当初はこれをそっくりいただくつもりだったのですが、いくつかの事情で初段も球にしました。 本体回路図 電源部回路図
【出力段】RCAのデータによると、45のA1級動作例は下の表のようになります。45のプレート損失は最大で10Wとなっており、プレート電圧250V動作例でのプレート損失は8.5Wとまだ余裕がありますが、同275V例の場合は9.9Wと目一杯なので、無理をせず安全第一で250V動作を基準にしました。その際の負荷は3.9kなので、P−P間8kのOPTが必要ですが、あいにく適当なものが手元にありません。そこで、埃まみれで眠っているLUXのパワーアンプMQ60からOY15−5kをひっぱがすことにしました。これはP−P間5kですので、2次側4Ω端子に8Ωスピーカーをつないでやれば1次側は10kとして動作します(ただし、電力ロスは定格の−0.74dBよりやや大きくなり、周波数特性も定格とは微妙に違ってくるはずですが、実用上はまったく無視できる範囲だと思います)。
8kの負荷インピーダンスを10kに変えて大丈夫かなとお思いの方がいらっしゃるかも知れませんが、供給可能なB電圧や取り出したい出力、歪率などの兼ね合いで負荷に見合った最適動作基点をロードラインから割り出して動作させれば、動作基点が最大プレート損失を超えない限りまったく問題ありません。10k負荷にすると8k負荷よりやや高めのプレート電圧、ドライブ電圧が必要ですが、最大出力や歪率は10kの方がかなり有利です。
プレート電圧 | 250V | 275V |
プレート電流 | 34mA | 36mA |
バイアス | −50V | −56V |
プレート負荷 | 3.9kΩ | 4.6kΩ |
内部抵抗 | 1.61kΩ | 1.7kΩ |
増幅率(μ) | 3.5 | 3.5 |
出力(歪5%) | 1.6W | 2.0W |
250V34mAの3.9k負荷動作基点を元にした、負荷5kのロードラインが上のグラフです(見にくくてすみません)。メーカーによって上図Ep−Ip曲線の様子が微妙に違うほか、球のばらつきもありますので、現実には結構狂いが出るはずですが、大まかにはプレート電圧260V前後、バイアス−53V前後、プレート電流32mA前後が最適動作基点と思ってよく、ロードラインがこれより立ってしまう3.9k負荷時よりパワーはやや増え、歪みはやや減るはずです。
定電流回路には、電圧可変型3端子レギュレータのLM317Tを小型のヒートシンクを付けて使えば部品点数が少なくてすみます。電流の調整はR16を加減します{R値(Ω)=1.25(V)÷必要とする定電流値(A)}。R19はLM317T保護のための電圧ドロップ抵抗ですので、500Ω前後6W以上のものを割り当てて下さい。
直流バランスを取るためT1〜T2、T2〜T3間にテスターを当てR13の10kVRで両管のバイアスを微調整(−2.4V〜中点−3.4V〜−6V)してチェックしますが、R20はT1〜T2、T2〜T3間の1次巻き線の直流抵抗値をそろえるための補正抵抗、またR21はB電圧が予定より高すぎたためドロップ用に追加したものです。
【ドライバ段】45のバイアスが−53Vとすると、普通のプッシュプルなら106V(p−p値)あればフルドライブできるのですが、出力段2管のプレート電流が約63mAに固定されている差動アンプの場合は上図からみて、片方をフルドライブ(バイアス0V)するともう一方のプレート電流がゼロとなるバイアスは約−130Vですから、フルドライブには約130V(p−p値)が必要です。
シャーシサイズの都合でST管やGT管は立てられず、手持ちのMT管から選ぶとなると、12AU7、6FQ7(6CG7)、5687、6240Gあたりが候補ですが、歪みの多さや高電圧の面から12AU7と6240Gを外し、内部抵抗が小さくて低電圧でもドライブ能力の高い5687か、使い慣れた6FQ7か迷ったのですが、結局、両ユニットの特性がそろったものがちょうど4本あった6FQ7にしました。
負荷抵抗は、取り出しドライブ電圧130V以上を前提に、供給可能なB電圧、出力インピーダンス、歪みの兼ね合いから27kに落ち着きました。前段との直結でかなりかさ上げされるカソード電圧を差し引いた実質供給B電圧を約360Vにとって引いたロードライン(青線)を読むと、動作基点は205V、5.5mA(バイアス−7V)あたりで、赤線が交流負荷(24k弱)のロードラインです。これを見ると、初速度電流の影響で歪みが増える−1V以下の領域に踏み込まなくても、170V余り(p−p値)は稼げそうです。
ここの定電流回路にもLM317Tを使いますが、こちらは電流量が少ないのでヒートシンクなしで大丈夫です。
【初段】ここに2SK30Aを使えば、ドライバ段のB電圧を40Vほど下げられ、初段用のスペースや費用もごくわずかで済むなどいいことだらけなので、当初は木村さんの回路をそっくりいただくつもりでした。しかし、2SK30AのEd−Id特性をまじまじと見て、直線性の悪さに不安になったのと、せっかくだから主回路は全部タマでやってみよう−−という色気からここにも6FQ7を投入することになりました。
ドライバ段の利得は14倍ちょい{μ×交流負荷÷(交流負荷+内部抵抗)}ですから、45のフルスィングに必要な初段出力は130V÷14=約9.3V(p−p値)となります。この程度ならプレート電圧50V、同電流1mA、プレート負荷50k、バイアス−2V程度の設定でも、そこそこ低歪み(2%程度)のものが取り出せます。
ここの定電流回路は定電流ダイオード1本で済ませています。R4は直流バランス調整用ですが、両ユニット間の特性がそろっていれば省略できます。
【電源部】B電源は整流管(出力管と初段管用)とダイオード整流(ドライバ管用)の2本立てです。一本化すればシンプルになってパーツも少なくて済むのですが、出力管4本には計約130mAが流れますので、420Vラインから100Vダウンさせるとなると発熱量は13Wにもなってシャーシ内の熱対策が大変なため断念しました。傍熱整流管にしたのは、ダイオード整流のように電源ON直後の無負荷状態が生じないので耐圧の低い(つまりお値段が安い)電解コンデンサーを使えるためです。
初段の安定動作のため、初段への供給電源はツェナーダイオード(36Vクラス×2と39Vクラス1、許容損失1Wタイプ)で定電圧化しています。負荷電流は左右合わせて約4.2mAとわずかなうえ、傍熱整流管の使用で無負荷状態もありませんのでこれで十分安定します。
−6VのC電源部は、電源トランスに適当な空き巻き線がなかったので、ジャンク箱に転がっていたむき出しの実験用電源をそっくり流用したというまったく芸のないものです。木村さんが推奨されている平滑回路のマイナス側母線とアースの間に数本の整流ダイオードを割り込ませ、ダイオードの電圧降下を利用してマイナス電圧を得る手法が最も合理的でしょう。
〈製作〉
シャーシサイズは370×200×70mm。電源トランスからの漏洩磁束の影響やチャンネル間の信号の飛びつきを防ぎつつ最短距離での部品配置を実現させるため、電源トランスを前面中央に配置した左右対称型としました。手前に出力管、その奥に初段・ドライバ管を配置したのは、入力VRを使っていないので入力ラインが手前に初段を置くより大幅に短くなり、出力トランスから初段への負帰還ラインも同様に最短距離になるためです。
平滑回路に使ったノグチのチョークトランスは小型でお値段も1個千円前後と大変重宝するのですが、高圧がかかる端子が剥きだしなのが「玉に瑕」。2個ともシャーシ内に閉じこめようとしたのですが、スペース的に無理だったため、10H60mAの方(右画像の中央)は電源トランスの後ろに隠しました。ちなみに、1H150mAの方はちょうどその下のシャーシ内にあります。
アンプ製作の基本(平滑回路の−側母線には絶対に信号回路のアースを落とさない▽見栄え目的の配線引き回しや部品配置をしない▽左右チャンネル間の配線や部品の交差は避け、同一チャンネル内でも信号の流れが行きつ戻りつするような配線・部品配置を避ける▽シャーシ内に熱がこもらないよう要所要所に通風孔を開け、半導体やコンデンサーなど熱に弱いものは真空管や発熱量の多い抵抗から極力遠ざける……など)を守っていれば、全段差動アンプだからといって特段注意しなければならない点はありません。
ただ、初段から出力段まで上下2管がそれぞれ対になってシーソー動作するため、プレート抵抗はテスターで実測して上下でそろった値のものを選んで下さい。
〈調整〉
基本的な調整はごく簡単です。初段グリッド〜アース間に入っている負帰還量調整用のR2VR(100Ω)を抵抗値ゼロの状態(つまり無帰還状態)にしたあと、各部の電圧が設計値に近いものであることをチェックします。このあと、T1〜T3にテスターを当て直流電圧がほぼ0VになるようR13のVRで調節、初段管のプレート電圧も上下管が同じになるようR4のVRで調整するだけです。
歪率計をお持ちでしたら、出力管の最適動作基点をより厳密に確定できます。LM317TのOUT端子についているR16の値を0.5〜1Ω程度変化させ(下げるとプレート電流が増え、上げると減る)、プレート損失を超えない範囲内で歪率が最小になるポイントを見つけます。最適動作基点がずれていると、特に大出力時の歪率が大幅に悪化し、私の球の場合、当初の63mA(2管で)から65mAに変更すると3W出力時で歪みが20%以上減りました。
負帰還量はR2VRでゼロから最大11dB位まで加減できますので、お好みに合わせて調整して下さい。私の場合は、左右の裸利得の差の解消も含めて、Rchに6dB、Lchに6.7dBの負帰還をかけています。高域位相補正用のC1の値はオシロスコープで波形を見ながらカットアンドトライを繰り返すしか手はありませんが、当アンプの場合「鈍らず暴れず」の接点が1800pF前後でした。
下はハラワタです。見苦しくて恐縮です。
〈基本特性〉
R−ch | L−ch | |
裸利得 | 16.02倍 | 17.31倍 |
最終利得 | 8倍 | 8倍 |
負帰還量 | 6dB | 6.7dB |
最大出力(歪み5%、1kHz) | 5W | 5.05W |
周波数特性(0dB/-3dB、1W時) | 10Hz〜135kHz | 8Hz〜140kHz |
歪率(1W、1kHz時) | 0.24% | 0.22% |
D.F.(1W、1kHz時) | 5.2 | 5.5 |
クロストーク(0dB=1V) | −68dB以上 | −70dB以上 |
残留雑音(聴感無補正) | 0.4mV | 0.34mV |