71A全段差動プッシュプルアンプ



 












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 普段に71Aの音色を楽しむにはシングル・ミニワッターで十分。でも、カミさんと分の悪い喧嘩をした、通販で買ったCDが超スカだった、チャイムが鳴ってあわててトイレから飛び出したら神様の押し売りだった、どっかの坊ちゃん首相が゛積極的平和゜のために戦争の手伝いをしましょうよと言うのを聞いたetc…誰しも浮き世の憂さ晴らしに音量を上げたい時などありますよね。そんな時、さすがにミニワッターではちと辛い。

 ということで、予備球を遊ばせておくのももったいないと、2W+2W位の「ちょいワッター」を狙ってみました。参考に(というか丸呑みに)させていただいたのは、ぺるけさんの初段JFETをカスコード化して71Aを直結ドライブするシングルアンプ「改訂版直熱管171A/71Aミニワッター」。メインアンプに直結させているトランス式USB-DACの出力が小さいという当方の接続機器の事情で、ミニワッターの初段利得を大幅に増やして差動回路に仕立てようというものです。


【基本構成】 回路設計にあたって、基本としたのは

@8Ω無歪み最大出力2W+2W程度
A6dB程度の負帰還が可能な裸利得
Bフルパワーは入力600mV以下で
C残留ノイズは0.2mV以下
D毎度のことながら、出費を抑えるべく手持ちパーツで間に合わせる(これが最も難題!)

といったところです。

 これらを満たすための条件を計算すると
まず無帰還状態でみると、8Ω負荷2Wは電圧にして4Vですから、4000mV(出力)÷600mV(入力)=6.67倍の裸利得があればいいことになります。しかし、ここに6dBの負帰還をかけると総合利得(見かけ上の利得)は裸利得の半分に減るため、4000mV出力を確保するには1200mVの入力が必要となって、Bがクリアできなくなくなります。つまり、裸利得は6.67倍ではなくてその2倍の13.34倍は必要ということです。

 その裸利得13.34倍をどうひねり出すか。出力トランスの巻線比は不動ですし、これを負荷とする出力段の増幅率もほとんど増やせないので、初段でガバッと233倍ほど稼いでもらうしかありません(下図)。現実にはKA-14-54Pは10%以上のロスが出ますから、初段で260倍は必要になりそうです。

         


【初段】 最低260倍を得るには、ぺるけさんの71Aシングル・ミニワッターの初段構成(2SK30A-GR、47kΩ負荷で利得は約110倍)では全然足りません。類似の2SK246-BLにバンバン電流を流しgmを3くらいに上げても150倍がやっと。gm5〜7くらいの適当なものがなくて、標準gmが15といささか扱いにくいんですが2SK117-BLでいくことにし、選別ペアの頒布をぺるけさんにお願いしました。

 送っていただいた2SK117-BLは、ドレイン電圧5V、ドレイン電流2mA時のバイアスが-0.33V±10mVで揃っているとか。メーカーのデータシートにあるID-VDS曲線グラフは、ロードライン用としてはちょっと使いものにならないので、まずせっせとそのうちの1個のID-VDS曲線グラフづくりから始めることに。

 右グラフは室温20℃前後での測定結果ですが、添付データとドンピシャでした。なお、0.5V以下の領域はめんどうくさいのと今回の目的に関係しないので測っておらず、曲線がやや不自然ですが悪しからず。

 これを基に2SK117-BLのドレイン電圧を5Vに固定して2SC3503(VCEO300V)でカスコード化したのが下グラフ

 赤線が80V2mAを動作基点にした47kΩ負荷のロードラインで、2SK117-BLのドレイン電流は入力信号に応じピンク線上を動きますので、負荷の47kΩにはそれに応じた信号電圧が発生、出力段をドライブします。使えるのは目一杯振って-0.215V〜-0.33V(動作基点)〜-0.445Vの範囲ですから、71A差動PPのフルドライブに必要な±50Vの電圧はなんとか確保できる計算です。

 なお、ロードラインからは、ざっと500倍の利得が読み取れ、負荷抵抗47kΩへの供給電圧は174Vが必要です。

 ※カスコード回路については、ぺるけさんが「私のアンプ設計マニュアル・電圧増幅回路の設計と計算その4(カスコード回路)」でわかりやすく解説されてますので、ぜひそちらを参照して下さい。 

    


【出力段】


 ロードライン(赤線)の動作基点は168V17.5mA(プレート損失2.94W)で、ぺるけさんの設定とほぼ同じ。メーカーのデータシートに最大プレート損失の記載は見あたりませんが、RCAが公表しているプレート負荷4.8kΩのロードライン(右グラフ参照)の動作基点は180V20mAなので、少なくとも3.6Wはあるようです。

 ほぼ八掛けでの使用なので、もう少しパワーを食わしても問題なさそうですが、戦前のお生まれに敬意を表してまあこのくらいで・・・

 この設定なら無歪み最大出力は1.6W+α程度で、2Wはちと難しそうですが、とりあえずこれでやってみることにします。







 ということで、増幅部の回路はこんなふうになりました。





 負帰還回路に半固定抵抗(VR2)を入れたのは、USB-DACから直接入力するので左右ch間で利得差があってはまずいため、どうしても生じる裸利得差を負帰還量で調節してカバーするのが理由です。
 
 低域劣化を防ぐため出力段のDCバランスをどうとるかですが、直熱管の場合は、傍熱管のようにカソードに数Ωの抵抗を入れて電流差を検知する手法は使えないのでプレート側で電流差をチェックせざるを得ません。出力トランスの(赤)〜(黒)、(黒)〜(橙)間の直流抵抗値(DCR)が揃っていれば簡単ですが、このトランスの場合は2個とも26〜27Ωの差があって、片方を測っては電卓で電流値を算出、もう一方を測ってさらに電卓、その差をVR3で微調整しつつまたまた電卓・・・と作業が非常に手間取ります。R10(27Ω)はDCRの差を埋めて辛気くさい作業から我が身を解放するためのものです。

 初段の4mA定電流回路は2SK30A-Yの2個並列としました。テスト用バラック組みでは2SK30A-GR 1個で済ましていたのですが、ここでのFETの自己発熱や室温変化に伴う電流変動が結構大きく、それが出力段のグリッド電位を設計値から±5Vくらいジワジワと揺らすので動作基点がかなり狂ってしまいます。2SK30A-Y並列の場合、室温21℃で4.03mA→36℃(指でしばらく包み込んだ!)3.93mAとなり、これを差動片側の負荷に当てはめると、15℃の変化で47kΩ×0.05mA=2.35V程度には抑えられる(かな?)です。

 しかし、よくよく考えてみれば、冷暖房をケチれば我が家の室内温度差は冬と夏では25℃かそれ以上ありますから、まあ気休めみたいなもんですか・・・

Ta(Tc?)=36℃ 半導体の定格や特性データって、周りの空気が摂氏25度の時の数値なんですよね。いわゆる「Ta=25℃」ってやつ。これにいちゃもんをつける気はないんですけど、タマ屋にはあんまり有難味のないデータです。半導体は測定のためアンプを横倒しにした空気変化だけでガラッと振る舞いが変わる過敏な(真空管に比べて)性格なのに、夏場なんてシャーシ内はサハラ砂漠並みの焦熱地獄、冬でも手を突っ込めばホコホコ暖ったかい。そんなとこに、政治献金(美名の賄賂)込みのいかがわしい電気料金払ってまでわざわざエアコンをつけ、20℃とか25℃で選別したFETなんぞ入れてみても、電圧・電流・バイアスみーんな予定と狂っていて「なんのこっちゃ!」の世界です。

 そこで、より現実的なデータとして役立つのがTa(Tc?)=36℃の「人肌選別法」。測定の時、FETやトランジスタ、CRDを指でつまんで握っておき、電流値などが変化しなくなった時点でデータとします。40℃のものが欲しかったら、インフルエンザで寝込んだ時に選別するのが一番です!!ハイ。
なお、感電等の事故には十分注意して下さい。当方は一切責任を負いませんので悪しからず。

 ところで、猫の体温は39度ほどあるらしい。うたた寝していた彼にFETを握らせようと画策したけど、ひっかかれたはずみに外れたクリップがショート、電源のヒューズをとばしてしまいました。トホホ・・・

【電源部】

 増幅部が決まったところで、必要となる電圧・電流は
@出力段B電源=292V、17.5mA×4本分=70mA
A初段B電源  =174V、(2mA×4個分=8mA)+(2SC3503ベース電位確保用の1.68mA×2=3.36mA)=計11.36mA
BB電源リプルフィルタなど=2〜3mA
C出力段A電源=DC5V、0.5A×2回路
D初段C-電源 =-5〜-6V


 ということで、DC85mAが取り出せる240V巻線のほか、6.3V1Aの巻線二つが必要となります。230V巻線では整流直後電圧が300Vを割りそうなのでちょっと厳しく、250Vでは電圧ドロップのための無駄な発熱を抱え込むことになります。今回はノグチのPMC100Mがぴったりでした。

 310V前後の整流直後出力に含まれる3.5V程度のリプルをMOS-FET・2SK3767のリプルフィルタで8〜10mVに下げつつ、2SK3767と2SC3503で構成される電圧安定化回路でAC100Vラインの電圧変動による影響を極力抑えています。B電源出力電圧はVR4(5kΩ)でかなりの範囲を自由に調節できます。

 A電源のショットキバリア・ブリッジダイオードD15XBS6(60V15A、秋月で200円也)はちょっと大げさですが、手元に適当なものがなかったので使用。順方向電圧の高い普通のブリッジダイオードを使うよりリプルフィルタ抵抗値を増やせるので、ハムのもととなる残留リプルが減るメリットが大きいです。バラック組みテストでの残留リプルは3.3mV前後なので、ここからのハムの心配は皆無でしょう。

 ロッカースイッチのLED用電源は、6.3V巻線がひとつ空いているのでここからとります。

      


【ハラワタなど】  


 シャーシはノグチのSC-100(300×160×45mm、アルミ厚1.5mm)。電源トランスと小型の出力トランス2個、ST管4本がコンパクトに納まる手頃なサイズですが、シャーシの内高が43mmほどしかないので、ギリギリにまで短足にしても本体の長さが31mmまでの電解コンデンサしか立てられないのがちとつらいところです。

 上に乗っかっているのはタカチのケースMB-1(W50H40D70mm)とMB-12S(W80H70D180mm)。MB-1には発熱量が多い左右chのカソード抵抗を、MB-12Sには出力トランス2個をそれぞれ収納します。

 春日無線の出力トランスKA-14-54Pは、感電の恐れがないリード線タイプなのでケースに入れる必要性は全くないのですが、むきだしだと71Aの背丈とのバランスが悪いのでちょっと格好をつけてケースを奮発しました。


 毎度お馴染みの見苦しいハラワタです。


    


 左上の8P平ラグがフィラメント電源部、真ん中の20P平ラグが初段増幅部、その下の15P平ラグがB電源部、真空管ソケット横にひとつおきにある抵抗は出力トランスのDCR調整用R10です。増幅部平ラグの右側スペーサーを金属製にして、ここ(ヘッドフォンジャックと入力VRの間)をアースポイントにしました。

 リプルフィルタの2SK3767は発熱量が1.5W前後あるのでシャーシに貼り付け、B電圧安定化のための2SC3503は小型放熱板をつけています。

※ 20P平ラグは度重なる設計変更によるカット・アンド・トライで半田汚れまみれですが、どうか見なかったことにして下さいね!!


 ご参考までに、各平ラグの部品配置と結線はこうなってます。

 ※模式図の結線に色がついているのは、クロスしている部分のつながりかたをわかりやすくするためで、ハラワタ画像のコードの色とは関係ありません。

 20P平ラグはハラワタ画像と模式図が左右逆になっていて照合しづらいですがご容赦を!







  

【調整】


 @B電源部のVR4(5k)を回してB+1を292V前後にします。

 A真空管の個体差の影響をある程度受けますが、配線や半田ミスがなければ各部のDC電圧は右図程度になります。

 B各部電圧が正常なのを確認したら、出力段のDCバランスを調整します。テスターのレンジをDCVにし、テスト棒をV1とV2のプレートに当てたうえで(どっちが+でも−でもかまいません)、初段ソースに入っているVR3をゆっくり回して表示される電圧差がなるだけ少なく(目安としては±数十mV程度以下)なるようにします。

 C選別した2SK117のペアなのにDCバランスがうまくとれない場合は、V1とV2のバイアスが極端に違うなど球の素行不良が疑われますので、別の球と交換してみます。

 D最後にVR2でお好みの負帰還量を決めれば完成です。



 ヤキを入れる 手元にある71Aは米国AESの通販やオークションで入手したもの。NOS(New Old Stock=いわゆる未使用球)との触れ込みでAESから買ったうちの1本がハズレ球で、バイアスが-32V位と浅いうえ電流もフラフラ上下して「あのなー、あんたには高い飛行機賃まで払ろうたんやで! ほんまに使えんやっちゃなー」と悪態つくことしきり(と、ここで突然、サラリーマン時代の嫌な上司の顔が脳裏をよぎる…トホホ)。

 刻印ベースにマグネシウム・ゲッターですから71Aでも比較的初期の代物だと思いますが、骨董趣味のない当方には迷惑な話。NOSだとすれば、製造時不良か長期保管に伴う真空度低下の可能性が高いです。前者だったらお手上げですが、もし後者なら…一縷の望みを抱いて愛(欲?)のヤキを入れてみました(火あぶりの刑とも言うらしい)。

 ものの本によると、マグネシウムの融点は約650℃、蒸発温度は約440℃とか。最初はライターであぶってみましたが、数日間はシャキッとするものの、やがて徐々にだらけ始めます。ゲッター蒸発量が少なくてガス吸着が不十分なのかな、と次はガスコンロでこんがりと焼き上げたところ、バイアス-39.8V、電流も安定の良い子状態がひと月近く続いていて、この先どうなるかは??ですが、とりあえずはめでたしめでたし。
 ※火傷や破損事故の危険があり、必ずしもいい結果が出るとは限りません。試すならあくまで自己責任で、ですよ!!!

【基本特性】

裸利得 26.01倍(28.3dB) 1kHz、8Ω負荷、0.125W時  
負帰還量 10.3dB 同上
総合利得 8倍(18dB) 同上
最大出力 1.8W+1.8W 1kHz、歪率5%
周波数特性 グラフ参照
歪み率特性 グラフ参照
ch間クロストーク グラフ参照
ダンピングファクタ 6.55 1kHz、ON-OFF法
残留雑音 0.1mV〜0.14mV 聴感補正なし

 ・利得 各段と出力トランスの利得関係は、実測で初段約517倍、出力段約2.39倍、出力トランス約1/47.5倍。インピーダンス14kΩ:8Ωのトランスの巻線比は41.83:1ですから、1次側信号電圧が47.5分の1になるということはここで12%ほどのロスが出ていることになります。しかし、初段で有り余る利得が稼げてますので、負帰還量を当初予定の6dBから10dBに増やしてもフルパワーに必要な入力は500mV以下で済みました。

 ・最大出力 2Wをちょっと切りましたが、動作条件を緩やかにしましたのでまあこんなところですか。

 

 ・周波数特性

 低域及び高域側の-3dBポイントは0.125W時で5Hz以下〜155kHz、1W時で10Hz〜107kHz。

 この出力トランス(KA-14-54P)、6DJ8差動PPでも使ったのですが、400kHzから500kHzにかけて小さなピークが出る程度で、、小型ながら優れた出力トランスだということを改めて実感しました。





 左から100Hz、1kHz、10kHzの方形波です(上段が原形波、下段が再生波、いずれも0.125W時)。

 さすがは低域再生に優れたプッシュプル、100Hz波形にサグはほとんど見られず、シングルアンプではちょっと太刀打ちできませんね。 

 ・歪率特性  常用出力の0.5〜1Wでの歪みが0.2〜0.43%、100Hz、1kHz、10kHzともほとんど差がなく上出来の仕上がりとなりました。

 ・ch間クロストーク特性  20kHz以下の領域でR→Lが-77dBとL→Rより悪いのは、L-chの71Aの1本がややノイズが多くて残留雑音0.14mV(0dB=1V基準で-77dB相当)でマスキングされているせいです。同じくR→Lで70kHz以上の高域が急激に悪化するのは、あちこちつついて初段20P平ラグ上の部品配置の問題とほぼ断定したのですが、両chともに50kHzまで-70dBを確保できてますので平ラグの作り替えは見送ることに。






【あとがき】

 物理的特性は満足というか、予想以上の仕上がりでした。初段の出力インピーダンスが47kΩとやや高めなので高域の劣化に備えてクロス中和の準備もしていたのですが、測定してみると10dBの負帰還が可能になったこともあって全然必要なかったです。気分的には70kHz以上のR→Lの飛びつきを何とかしたいところですが、L→R並みに下げたところで駄耳には判別不可能ですから(本当はめんどうくさい・・・)、気が向いたらということに。

 音は良くも悪しくも全段差動です(当たり前か!)。71Aが持つ本質的な音色は男声、それもテノールだと思いますし、それがガラリと変わる訳ではありませんが、全段差動特有の定位の良さやメリハリと弾力のある低域が加わって、71Aシングルアンプでは太刀打ちできない迫力を味わえます。ただ、ナチュラルさはそのままなんですが、シングルに比べ少しそっけないというか、色気が薄まるというか・・・まあこれは好みの問題です。

 同じ出力トランスを使っている6DJ8全段差動も気に入っていたのですが、どっちかを選べと言われたら迷うことなくこちら(71A)。出てくる一つひとつの音にはほとんど差はないと感じますが(駄耳には)、目の前(耳の前?)に広がる音場の空気感の違いみたいなものが理由です。それって一体何なんだと突っ込まれるとうまく説明できないのですが、天文学でいうところの宇宙空間の暗黒物質(目には見えず正体はわからないけど確実に存在する何か、なんだそうです)みたいなものが6DJ8にはあり、全体の見晴らしをどことなく甘くしているような・・・

 最後になりましたが、ちょこちょことつまみ食いの部品頒布に快く応じて下さったぺるけさん、どうもありがとうございました。
                                                                          (2014.02.17)
 ←おまけ(筆者の実体!)


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