2008年春のとある日の昼下がり、とある有名な真空管専門店を覗いた時のこと。人ひとりがやっと通れる狭く雑然とした通路にミカン箱大の古びた段ボール箱が無造作に置かれ、「幻の欧州球、現品限り」の張り紙が……。50本分ほどの間仕切りの間からトッププレートの細身の球が頭を出しており、すでに4分の1ほどが空になってました。WEの300Bはそう欲しいとは思わない(でも、本当は安ければ欲しい!!)けど、そこには欧州球という「本場の香り」への抗しがたいオーラが立ちこめていて、足が動かなくなってしまったのです。ましてや、「幻」&「現品限り」となると、こりゃあもうダメ。「データがほとんどないけど、いい音がするみたいよ」との店主の言葉にダメ押され、発作的に買い込んだのがこの「AC/P4」なる球です。
〈AC/P4って?〉
欧州古典球といえばPX4とかDA30などがべらぼうなお値段でも有名ですが、この球はまったくの初耳。外観からわかるのは、米国球の「45」とほぼ同サイズのへらべっちゃい板型プレートを持った傍熱3極管だが、6RA8や50CA10など近代的3極管のように第1、第2グリッドがあって第2グリッドを内部でプレートに接続したビーム管的3極管ではなく、グリッドは古典球の典型で第1のみ。足は5本あるのに1本はNCにして、わざわざトッププレートに仕立てている--という程度です。
真空管データベースをあたってみると、英国MAZDAが1942年かそれ以前にブラウン管の走査回路用などに開発したものらしく、わずかですがデータがありました。どうやら、大型出力管のドライブを主な目的としてMAZDAで作られた小型出力管(強力電圧増幅管)のAC/PやAC/P1一派の球のようです。
AC/P4 | |
ヒーター | 4V 1A |
最大プレート電圧 | 700V |
※相互コンダクタンス(gm) | 7mA/V |
※増幅率(μ) | 20 |
※内部抵抗 | 2800Ω |
G〜K間容量 | 8.4pF |
P〜K間容量 | 4.4pF |
G〜P間容量 | 5.7pF |
最大全長 | 130mm |
最大直径 | 39mm |
【AC/P4の足配置】
※プレートはトップから
これらのデータからおぼろげな輪郭は浮かび上がったものの、プレート電圧や電流、バイアスなど実際に動作させるにあたっての条件が皆目見えてきません。幸い、簡単なEg−Ip特性(プレート電圧を固定した状態でのバイアスとプレート電流の変化)グラフがMAZDAから公表されており、これから要所要所の大ざっぱな数値を読みとって見慣れたEp−Ip特性グラフを作ってみました。不鮮明なEg−Ip特性グラフに三角定規を当てての作業ですから正確さはあんまり期待できませんが、大体の様子はつかむことができました。一般的な3極出力管と低μ3極電圧増幅管の中間的な特性といった感じですが、直線性は結構良さそうですし、まあ、出たとこ勝負で音を出してみよう!!
〈動作条件の設定〉
上のEp−Ip特性グラフから、ザクッとしたところで1次側インピーダンス10k程度の出力トランスを使えばシングル動作で2W弱のパワーを取り出せそうです。しかし、問題はこの球の最大プレート損失が幾らなのかまったくデータがないため、適正動作基点が決められないことです。
こうなると、いくつかの断片から最大プレート損失を類推するしか手はなさそうで
推定1=ほぼ同型、同規模のプレートを持つ45の場合は10Wなので、その近辺?
推定2=店主談「45と2A3の間ぐらいでは?」 10W≧〜≦15W?
推定3=Eg−Ip特性グラフでのプレート電圧曲線の先端が許容損失の限度とすれば5.5W
推定4=これより低電圧で動作するAC/P1は5W。
推定5=低周波出力時は偏向出力時に比べ4割ほど許容損失が増える例(6BM8)もあり、7W前後?
総合してみると少なくとも5Wは堅そうですが、果たしてプラスアルファがどれだけあるのか……。
どうせ推定の話だからこれ以上悩んでも仕方がないと、出力1.5W程度を目指して動作基点を320V22mA、バイアス−11Vあたりにとり、エイヤで引いたのが上図のRL10kのロードライン。プレート損失は7Wで、もし赤熱するようならそのとき考えよう……という誠にアバウトな設定です。
アウトラインがほぼ見えてきたものの、トランス類の選択がちょっとやっかい。1次インピーダンスが10kのシングル用出力トランスは種類が限られ、お値段もやたら高い!! ノグチの6Wタイプで1個1万6000円、タンゴやタムラの20Wタイプだと1個4万円前後!もして、宝くじでも当てない限り当方には無縁の代物です!! そこで目をつけたのが、40年近く昔、6BM8を鳴らすため確か3日分のバイト代2600円也をはたいて手に入れたサンスイの「HS−5」2個。1次インピーダンスが5kで5Wタイプですが、2次側4Ω端子に8Ωスピーカーをつないで10kに変身させることにしました。
次は電源トランス。B電源は整流出力で360V50mAもあればOKなので小型トランスで十分なのに、AC/P4のヒーター用に必要な4V端子のある電源トランスは大型(当然お値段も高い)のものしかありません。あれこれ物色した結果、これらの半額以下の6000円ちょいで買えるノグチのPMC−100M(280V×2、100mA)がお手頃でした。これには6.3V-5V-0(2A)のヒーター巻き線が3回路あるので、5V端子から抵抗でドロップさせて4Vを調達することにします。シャーシは、少しでも穴開けの労力をサボろうとPMC−100Mの取り付け穴が開けられているノグチの「お助けシャーシ」(300×160×45mm、アルミ厚1.5mm)を使いました。
〈回路と製作〉
当初の回路はこちらで、なんの変哲もない2段構成RC結合のオーバーオールNFBアンプです。幸いすんなり音が出てノンクリップで1.5W前後のパワーが得られたので、まずは成功とばかり無帰還状態でデータを取るとなんと、1kHz0.5W出力時で歪みが2.2%前後もあります。各部の電圧、電流を再チェックしても異常はなく、オシロで方形波を見てもシングルアンプとしてはまずまずの状態ですし、初段、出力段のバイアスを動かしても大きな変化はないので回路そのものの異常ではなさそう。
そうなると原因として、@初段が大きく歪んでいるA出力段が大きく歪んでいるB両方とも大きく歪んでいて、かつ歪み差がありすぎる―の三つが考えられますが、EF86の3結特性はあちこちで紹介されているように低歪率で有名ですので、Aの可能性が最も高そう。どうやら、AC/P4のEp-Ip曲線は起こしたグラフでみる以上に右詰まりになっているらしく、直線性が予想以上に悪くて2次歪みを盛大にまき散らしているため素直なEF86では歪みの打ち消しがほとんど出来ていないようです。
こんな状態では、あちこちいじくったところで「焼け石に水」。裸特性の改善はほとんど期待できそうもないので、初段球を直線性のうんと悪いものに変え、ここでも盛大な歪みを発生させてAC/P4の歪みを打ち消すことで総合歪みを減らす方針に転換です。出力インピーダンスや増幅度があまり変わらずに歪みを増やせる球となると、当初度外視した高周波系の6AQ8や12AT7などが有望で、右の6AQ8のEp-Ip曲線グラフを見るとプレート電流を控えめにし、負荷抵抗値も小さくすれば期待通り相当派手に歪みそう!
初段まわりを6AQ8用に作り変えた最終回路図はこちら。打ち消し効果がかなりあって、無帰還での歪みはEF86の約半分(0.5Wで1.2%前後、1Wで1.8%前後)にまで減り、これなら6〜8dBの負帰還をかければそれなりにいけそうです。
毎度見苦しいですが、ハラワタはこんな感じです。
シングルアンプの場合特に、B電源を介した低域でのクロストークの悪化が気になりますので、整流出力直後の平滑回路の後に左右別々にもう一段(初段用は2段)の平滑回路をを設けてあります。高域での飛びつきによるクロストーク悪化対策としては、可能な限り左右の部品を離したうえで左右配線のクロスや接近を避けるしか手はなさそう。初段6AQ8は約10センチも離れた左右1本ずつの片ユニットしか使っていないのですが、それでも内部シールドの9ピンをアースし忘れていただけで高域で約6dBもクロストークが悪くなっていました。
信号回路用のアース母線は設けず、左右とも初段まわり、出力段まわりでまとめて各1カ所ずつ計4カ所でアースしていますが、ハムは皆無(残留雑音は0.1mV弱)といっていい状態でした。
特性悪化を引き起こしやすい入力調節用のVRは設けていないので、左右の利得の若干のアンバランスは6AQ8のカソードにぶら下げた半固定抵抗で負帰還量を変えて修正します。負帰還量は無帰還(VR可動端子〜アース端子間の抵抗値0Ω)〜約13dB(同抵抗値100Ω)まで可能ですが、出力確保などを考えると8dB程度が限界です。この100ΩVRは交流的にアースされていないので6AQ8の内部抵抗を押し上げ、出力インピーダンスが高くなるとともに利得を押し下げるやっかいもの。普通はカソード抵抗(今回は620Ω)とパスコン(470μ)をパラに接続したお尻にぶら下げるのですが、これだと負帰還に不必要な分の抵抗値(VRの中央可動端子〜カソード側端子間の抵抗値、7〜8dBの負帰還をかける場合で70Ω前後)も含め100Ωすべてが内部抵抗を押し上げる要素になり、12倍前後とただでさえ少ない本機の全体の裸利得が11倍ぎりぎりにまで下がってしまいますので、パスコンの−側をVRの中央可動端子につないで交流的にアースされる抵抗値を増やし、目一杯利得を稼いでいます。
B電源の整流出力直後に入れている100μ×100μのブロック電解コンデンサーは手持ちパーツの関係で耐圧500Vのものを使いましたが、電源ON直後の無負荷状態でも400V程度しか出ませんので、耐圧450Vタイプで十分です。
〈基本特性〉
R−ch | L−ch | |||
裸利得 | 12.2倍 | 11.94倍 | ||
最終利得 | 5倍 | 5倍 | ||
負帰還量 | 7.75dB | 7.56dB | ||
最大出力(1kHz歪み5%) | 2.12W | 2.1W | ||
周波数特性(−3dB以内) | 0.125W時 | 8Hz〜70kHz | 11Hz〜67kHz | |
1W時 | 22Hz〜65kHz | 30Hz〜61kHz | ||
歪率(1kHz、1W時) | 0.64% | 0.78% | ||
ダンピング・ファクター(1kHz1W時) | 5.83 | 5.81 | ||
クロストーク(0dB=1V) | R→L | 20Hz 1kHz 50kHz 100kHz | ||
−76dB −80dB −62dB −55dB | ||||
L→R | 20Hz 1kHz 50kHz 100kHz | |||
−70dB −79dB −61dB −49dB | ||||
残留雑音(聴感補正なし) | 0.095mV | 0.098mV |
※ 上段が原形波、下段が再生波(8Ω負荷)
【周波数特性】周波数特性グラフはこちら。グラフはR−ch(負帰還量7.75dB)のもので、サンスイの出力トランス「HS−5」には2個とも80kHz〜90kHzあたりに結構大きなピーク(0.4〜1.5dB)があり、無帰還でも10kHz方形波に派手なリンギングが現れます。
あんまり気分のいいものではありませんが、これをやわらげようと高域特性を落とすのは「角を矯めて牛を殺す」の世界でしょう。200kHz付近で位相が180度ズレますが、もともと裸利得が少ないうえこの帯域の利得は大幅に減衰していますので、発振の恐れはありませんでした。たかだか5Wタイプの小型出力トランスですので、小出力時はともかくとして、パワーを食わせると低域がドッと落ち込みます。
【歪率】歪率グラフはこちら。グラフはR−ch(負帰還量7.75dB)のもので、100Hzの歪率が1kHz、10kHzに比べ大幅に悪いですが、コアボリュームの小さなトランスだけにいたしかたがないかなと思います。それでも150Hzなら、100Hzと1kHzのちょうど中間点にまで改善されます。1.6W(1kHzの歪率1%)あたりでクリップが始まりますが、初段−出力段間の歪み打ち消しがうまくツボにはまったようで、なんとか1.9Wまで歪率2%を超えずにがんばってくれました。
【その他】当初はプレート損失7Wで押さえるつもりでしたが、あちこちいじくっているうちに7.5Wを食わしてしまいました。しかし、暗闇で観察しても赤熱の兆候はなく、球のガラス面下部は素手で十分握れる温度ですのでまだ余裕がある感じです。ひょっとして10W近くまでいけるのかも知れませんが、単なる感想につき、10Wを食わせて貴方の貴重な球がぶっ飛んだとしても当方は一切関知しませんので悪しからず!!!
ろくなデータもなく、先輩諸氏の作例も見あたらなかったもので、途中までは一体どうなることやら……でしたが、休み休み半年がかりでようやく日の目をみました。軽快でちょっとハスキーな感じもする暖色系の音色が印象的で、あくまで主観ですが近いところではNECが開発した傍熱3極管6R−A8の音をもう少しすっきりさせたような感じを受けました。せっかく5本手に入れたので、差動プッシュプルアンプも組んでみようと思っています。
※Ep100V、Eg0Vで
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