〜デジタル・マルチメータの点検・校正に〜AC基準高電圧の発生器

  









トップページに戻る







 デジタル・マルチメータ(以下DMMと略)を自前で点検・校正しようとする際、最も難儀なのは出力が安定し確度も高い交流電圧源の確保。手っ取り早いのはファンクション・ジェネレータですが、これらの最大出力はせいぜい7Vrmsなので、10V、30V、100VといったDMMのAC高圧レンジには対応できません。
 いい知恵が浮かばないまま、高電圧OPアンプのデータシートを眺めていたら面白そうな回路が載っていたので、ものは試しと作ってみたのがこのAC電圧7倍ブースター。電圧の発生はファンクション・ジェネレータに任せているので、OPアンプ3個とわずかなCR類を調達するだけで安定した50Vの交流電圧が得られ、もう1台分の費用を奮発してBTL接続にすれば50+50Vで100Vレンジの点検・校正も可能になるという訳です。


【原回路について】

 回路図(右画像)が掲載されていたのは、TEXAS INSTRUMENTS社の高電圧電源(100V)OPアンプOPA454のデータシート。図の下に「195Vp-p(約69Vrms)の高出力が得られる」との短文が付いているものの、回路についての動作解説は一切ありません。

 馬齢だけは重ねたものの「理論はからっきし」なので間違えてるかも知れませんが、察するに以下のような動作をしているようです。

 入力信号は±50V基準の両電源で動作する中央のOPアンプで20倍に非反転増幅され、最大で195Vp-pとして出力されます。「なんで±50V電源から195Vp-pが取り出せるのよ?」という基本的な疑問がムラムラと湧き上がって来るでしょうが、解決のカギを握るのは+100Vと−100Vの単電源でユニティゲイン・バッファとして動作している上下2個のOPアンプ。

 これらは静止状態の時、それぞれの電源電圧の半分に当たる直流電圧(+50Vと−50V)を中央OPアンプの電源として送り込む設定になっています。

 では信号が入力されるとどうなるか。プラスの信号が入ったら当然、中央OPアンプのVOUTはプラスに振れます。VOUTは100kΩを介して上下OPアンプの+入力端子と繋がっているので、上側OPアンプの出力はより+100Vに近づき、下側OPアンプの出力は−100Vからより離れて行きます。一方、マイナスの信号が入ったら、これとは逆の動きになります。

 つまり、増幅作用を営む中央OPアンプの両電源は固定されたものではなく、プラス電圧とマイナス電圧の電位差100Vを常に保ちながら入力信号に応じて+100Vと−100Vの間で揺れ動くので、固定されている場合の2倍の195Vp-pが取り出せる、という仕組みになります(と思います)。
  ※ 画像クリックで拡大

 こんなややこしいことをしなくても、OPA454を2個、BTL接続にして±50V電源で動かせば同じ出力が安価に得られるのに、とも思ったのですが、BTLではもうそれ以上の高電圧は得られません。でも、上記の3個方式ならOPアンプをもう3個追加してBTL化する余地があるので、390Vp-p(約138Vrms)まで取り出すことも出来そうです。


【使用OPアンプの変更】

 早速OPA454を注文しようとしたところで難題が浮上。表面実装用のちっちゃなSO8ピンですが、この点は変換基板に載せればユニバーサル基板に対応できます。

 最大のネックは放熱対策がシビアなこと。データシートの説明では、OPアンプのお腹の部分に金属板が剥きだしになっており、いかなる場合でもここを基板上に設けた十分な面積の銅箔と半田付けして放熱しなければならない、となっています。これだと変換基板+ユニバーサル基板では難しいので、やむなくOPA454を断念。

 代替品として、同系列のOPA452TA(右画像)を使うことにしました。これは電源電圧が±40V止まりなので、取り出せるのはせいぜい50Vrmsですが、TO-220タイプなので工作や放熱処理が非常に楽チンです。

【回路図】

 増幅倍率設定部分以外は、OPA454の回路定数をそのまま流用しました。
 非反転増幅なので、増幅度は1+(R2÷R1)=7倍。なぜ7倍にしたかというと、一般的なファンクション・ジェネレータの最大出力電圧は7V前後なので、出力電圧確度が最も高いこの辺りを積極的に入力源に利用して、発生させた50Vrmsの確度を確保するのが狙いです。



 抵抗器でW数の無いものは全て0.25W、±1%級の金属皮膜抵抗。R1とR2は倍率を決めるキモなので、複数の抵抗を実測して抵抗値がなるだけ1:6の比率になる組み合わせを選別します。R1(5kΩ)は2kと3kで直列合成します。また、R6とR7、R8とR9もなるだけ抵抗値の差が少ないものを選別します。

 C1とC2はフィルムコンデンサ、C3とC4はセラミックコンデンサ。2個のLEDは、2台の直流安定化電源の電源スイッチや出力ボタンを押し忘れていないかどうかのチェック用に設けてます。

 供給電圧は±75Vを上限とします。最大定格電圧80V(超えるとOPアンプが昇天する)まであと5Vの余裕しかなく、電源の操作ミスがあると怖いのですが、良質の出力50Vrmsを確保しようとすると±73〜74Vは必要なためやむを得ません。ただ、人は必ずうっかりミスをやらかしますから、ギリギリの高出力が必要な時以外は電圧をもっと下げて使うことにします。


【ハラワタ】

 中身はこんなところで、左側OPA452が増幅部、縦2個が電源供給役。ヒートシンクはもっと小型でもよかった。


・OPA452=RSオンラインやマルツで入手可

・基板=タカスのIC-301-72

・ケース=タカチのMB-11



【基本特性】

 ・最大出力電圧 = 50.625Vrms (電源電圧±74V時)
 ・増幅倍率    = 6.9985倍
 ・周波数特性   = グラフ参照
 ・単体歪み率   = 0.0003%(出力7V時) 〜 0.0102%(出力50V時) <1kHz、帯域80kHz>
 ・残留雑音    = 0.049mV (帯域80kHz)

 周波数特性は、10Vrms出力程度なら20Hzから150kHzまでほぼフラットですが、さすがに目一杯の50Vrmsを取り出すと、高域が35kHz位でへたり始めます。

 画像下は45Vrms強の正弦波。の30kHzはきれいなもんですが、の40kHzになるとやや崩れてきてます。

 もっとも、オーディオアンプとして使うのではなく、単なる電圧の物差しですので、これで十分過ぎる程のフラットな周波数特性です。
 

【終わりに】

 これでDMMのAC30Vレンジまでは楽に対応できるだけの出力源が得られました。30分ほどウォームアップすれば電圧もしっかり安定します。ただ、DMMの校正に耐えられるだけの確度の高いAC入力源をどう調達するか、は大きな課題です。今回は、カタログ出力確度は±0.7%ながら、実測の結果、出力誤差が0.03%以内とわかっているファンクション・ジェネレータを入力源にしましたが、誤差のチェック手段がなければ、カタログ確度に依存せざるを得ません。

 課題をもうひとつ。当方がメインに使っているDMMはAC100mV-1V-10V-100V-750Vのレンジ構成なので、この発生器では100Vレンジに対応できず、折りをみてBTL化した100V出力に挑戦せざるを得ないようです。 (2017.04.26)


トップページに戻る