トホホな「ジャン測」修理記 そのA                       〜マルチメータ HP3457A編〜

  








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 1985年ごろから発売されたHPの1/2 6桁デジタル・マルチメータ(以下DMMと略)3457Aです。後継機のHP34401Aに比べ、300Vまでしか測れない、液晶表示が見にくい、図体がでかい・・・などの難点はあるものの、7桁表示できる範囲が34401Aより遙かに広いうえ最小レンジも低いなどかなりマニアックな要素を重視した設計になってます。
 1/2 6桁機としては激安で落札できたんですが、結論としては「トホホなジャン測」でした。暗黒の液晶不良部分がベロ〜ンと垂れ下がってるものの(
右上画像)、文字が隠れるほどでもないので、まあこれはやむなし。しかし、チェックを進めていくうちに、ACVレンジの一部で正真正銘の「トホホ」が・・・
 以下は、その顛末と修理記録です。


なんだこりゃ!】

 荷物が到着。早速開梱して、フル・セルフテスト・ボタンを押してみます。マニュアルによると、ハードウエアの状態を10項目にわたってチェックしてくれるそうです。数秒後に「SELF TEST OK」が表示されて、まずはホッとひと安心。

 基準電圧・電流、基準抵抗を用意してDCV、DCI、Ωの各レンジを無事クリア、ACVレンジに取りかかったところ、なんと、右画像のような表示が・・・

 DMMのAC3Vレンジに1kHz3Vを入力すると0.299883V、30mVレンジに1kHz30mVを入力すると2.99467mVと、本来の十分の一の数値が現れるではありませんか!!!

 残るAC300mV、30V、300Vの各レンジは全く正常でした。

 このクソ暑い中、正常と異常の狭間に立たされて、「このDMMには小数点移動設定機能みたいなもんが付いてるんじゃないか?」なんてアホな考えが一瞬脳裏をよぎりますが、そんな無意味な機能がある訳ないです。

 過去に桁を間違えたレンジ校正が行われた結果かも? と思って両レンジに校正をかけてみましたがエラーが出て正常には復帰しません。こりゃあ、根幹をはじめ全体はしっかりしてるけど小枝のどっかが折れてる状態の故障とみて間違いなさそうです。

 「安く買えてラッキー」の幸福感はたちまちプシューと萎み、かわりに失望と不安がこの液晶画面の黒雲≠フごとく拡大して行きます。トホホ・・・

【トラブル・シューティング】

 気を取り直してトラブル・シューティングを始めます。
@セルフテストにパスしている → このDMMの回路全体にわたって基本的な部分は正常動作している。
ADCVレンジは正常 → 入力されたACVがDCVに変換されるまでのどこかに異常がある
B正常なACVレンジもある → AC/DC変換機能(RMSコンバータ)は正常とみてよい

 ということになり、各レンジに入力されたACVが減衰や増幅回路を経てRMSコンバータにたどりつくまでのどこかがおかしいと推定できます。

 では、まだACVのままの段階の回路がどうなっているのか? このDMMは日本語の取扱説明書が公開されてますが、基本的な操作説明が書かれているだけなので全く役に立たず、回路図やパーツリスト、回路概説などの必須情報を得るには英文の完全版サービスマニュアル(全273ページ)のダウンロードが必要となります(ダウンロードしたものの、読むのはトホホ・・・)。


 下図は完全版サービスマニュアルに掲載されているACVブロックの回路図です。左半分が入力切替、減衰やバッファ部など、中央右寄りがOPアンプによる2段増幅部、右端がRMSコンバータとなってますが、これだけでは手に負えません。


 そこで、ACVブロックの概説文からトラブル・シューティングに役立ちそうな情報を拾い出します。

@30mVと300mVレンジからの入力はアッテネータ(以下ATTと略)で90%に減衰される
A3Vと30Vレンジからの入力はATTで0.9%に減衰される
B300Vレンジからの入力はATTで0.09%に減衰される

C減衰されたACVは、増幅度がそれぞれ10倍のOPアンプで2段階にわたって増幅される
D各レンジのフルスケール入力は最終的に全てAC2.7VとしてRMSコンバータへ出力される
EAC2.7Vの統一出力を実現するため、2段増幅回路の途中にアナログスイッチを設け、トータルゲインを10倍と100倍に切り替える

 これらを基に、ACVブロック基板をむき出しにして各部のAC電圧を測定して行けば故障箇所の特定に繋がりそうです。


【容疑者発見!】

 回路図をはしょりにはしょって簡略化したのが下図。回路図に記載されているTP1、TP2に加えA、B、C各点のAC電圧をチェックすればどこまでが正常で、どこから異常が始まっているかわかるはずです。



 プラスチックの上蓋を外し、アルミ製のシールド板を2枚取り除くとの状態になります(画像下側がフロントパネル)。


 基板は大小2段重ねになっていて、上側にある13cm角のものがACV関係の基板です。 


 この状態で電源ON、各レンジのフルスケール値を入力して各ポイントのAC電圧を測ってみると下表のようになりました。


ACレンジ A点 TP 1 B点 C点 TP 2
正常値 実測値 正常値 実測値 正常値 実測値 正常値 実測値 正常値 実測値
30mV 27mV 27mV 270mV 270mV 27mV 27mV 270mV 27mV 2.7V 270mV
300mV 270mV 270mV 2.7V 2.7V 270mV 270mV 270mV 270mV 2.7V 2.7V
3V 27mV 27mV 270mV 270mV 27mV 27mV 270mV 27mV 2.7V 270mV
30V 270mV 270mV 2.7V 2.7V 270mV 270mV 270mV 270mV 2.7V 2.7V
300V 270mV 270mV 2.7V 2.7V 270mV 270mV 270mV 270mV 2.7V 2.7V

 ご覧の通り、入力端子からA点を経てTP1に至り、そこから分岐したB点までは全く正常です。しかし、C点以降はトラブっている30mVと3Vレンジに正常値の十分の一しか電圧が出ていません(赤数値部分)。

 TP2が各レンジ横並びの2.7Vとなるためには、30mVと3VレンジはTP1=C点、他のレンジはB点=C点でなければならず、その実現のため途中にアナログスイッチICを入れて回路を切り替えるようになってます。しかし、切替が機能しておらず、全てのレンジがB点経由でC点へと繋がっていることがトラブルの原因でした。


【いざ修理へ】

 アナログスイッチIC(右画像矢印)が機能していない原因は多分次のうちのどれか。

@IC本体が故障してる
A動作のための正負電源(±15V)が来ていない
BスイッチON-OFFのためのデジタルロジック入力(5V)がない

 測ってみるとABとも正常なので、IC本体が壊れているようです。


 HPサービスマニュアルにある膨大な部品リストを調べると、問題のICにプリントされている「1826-1205」はHP独自の管理番号で、メーカー型番は「HI3-0390-5」。


 データシートによると、接点が開と閉で対になったスイッチを2回路分内蔵したTTL/CMOSコンパチタイプで、各ピンの接続は右画像のようになってます。


 多分、1980年代から90年代にかけての古い製品なのでとっくに廃番になっていて、ネット検索をかけても在庫流通すら見つかりません。こりゃあ困った、代替品を探さなくては。またしてもトホホ・・・ 


 代替品は以下の条件をクリアする必要があります。
@16DPIであること(でなきゃ基板に挿さらない)
Aピン接続が同じであること(でなきゃ動作しない)
Bスイッチの開閉条件が同じであること(でなきゃ回路が誤動作する)
C電源電圧など動作条件が類似していること(でなきゃ破壊や不動の恐れ)

 半日ががりであれこれチェックしていく中で、一番条件を満たしていたのがマキシム社の「MAX303CPE」。

 これは12番ピンだけが「HI3-0390-5」と異なっていて、独立しているロジック電源の電圧入力(VL)が割り当てられてますが、「HI3-0390-5」の12番ピンはNC(無接続)なので、そのまま差し換えられます。但し、ロジック電源を繋がないとスイッチが動かないので、右画像のように基板にある+5V電源回路の適当な所から絶縁コードで12番ピンへ配線してやる必要があります。
 

【正気に戻る】

 今回は珍しくも割と自信があったのですが、それでも一抹の不安は隠せません。失敗に備えて「MAX303CPE」を基板に直付けせず、ICソケット経由で取り外しを楽にしたところにもそんな心理状態が表れてます。

 やおら電源ON、セルフテストOKを確認したあとAC電圧を入力。トラブっていたAC30mV、3V両レンジとも正気を取り戻し、正味7桁の本来こうあるべき表示をちゃんと出してくれました。何事もあきらめずに粘ってみるもんです。

       AC30mVレンジ、フルスケール入力          AC3Vレンジ、フルスケール入力

【開腹手順】

 開腹作業は以下の手順で進めます。


@ 底面の6本の+ねじ(赤○)を緩めると、上面カバーが外せます。ねじを抜き去る必要はありません。 A 上面カバーを外し、上下2枚のアルミシールド板を繋いでいる圧着端子付きコード(赤矢印)を抜き取ります。 B 背面入力端子群を固定している+ねじ(赤○)2本を外し、端子ユニットを背面パネルから浮かします。 



C 四隅の中空パイプで軽く固定された最上部のシールド板を持ち上げてフロントパネル側にひっくり返すと、コードで繋がった背面端子もついてきます。2枚目のシールド板は2個の爪を赤矢印方向に押しながら抜き取ります。 D これで基板が姿を現しました。必要なら隣の電源部等のシールド板も簡単に外せます。


E このままだとケーブル類に負担がかかるので、フラットケーブル・コネクタ(赤矢印)や5本の圧着端子付きコード(青○)を抜いて、最上部シールド板や背面入力端子を本体から切り離します。




























F これで取り回しが楽になりました。

G フラットケーブル・コネクタ(赤矢印)や2本の圧着端子付きコード(青○)を抜き、+ねじ(赤○)1本を外せばACV基板が本体から外れます。    H これで完了。


















【おわりに】

 HP社は昔から、自社製品に対する情報公開が群を抜いて優れており、そのおかげで無事修理できました。壊れ難いのに越したことはないのですが、残念ながら人間にしろ機械にしろいつかは壊れるのが定めなので、いざという時にユーザーがなんとか手当てできる可能性を担保しておいてくれているHPの姿勢を他社も少しは見習ってほしいものです。 (2016.07.23)


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