MQ60を全段差動化してみよう









全段差動本体回路図はこちら



全段差動電源部回路図


MQ60本体回路図


MQ60電源部回路図


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 ラックスの管球式パワーアンプMQ60(完成品)とそのキット製品KMQ60は傍熱3極出力管50C−A10を使った30W+30WのAB1級プッシュプルアンプで、記憶では確か1969年か70年ごろの発売でした。当時の大卒初任給の優に2ヶ月分のお値段とあってバイトに追われるビンボー学生には高嶺の花でしたが、ずいぶんと売れたようで、今でもネットオークションの常連としてがんばってますね。

 当方も、手元不如意で6BQ5プッシュプル程度しか作れなかった当時の無念さを晴らすべく、10年ほど前、かなりくたびれたMQ60を発作的に入手したことがあったのですが、その後、このアンプというよりもプッシュプルの音自体に嫌気がさしてほとんど使わないまま埃をかぶってました。45全段差動PPアンプの成功に気を良くし、このまま眠らしておくのももったいない、差動化したらどんな音になるのか気になって改造を試みたのが本機です。

 ※以下の内容は、ぺるけさんの労作「情熱の真空管アンプ」、もしくはぺるけさんのホームページの全段差動アンプ部分の解説を既にお読みになっているという前提で進めておりますので、全段差動アンプの動作原理や基本回路等については周知のものとして一切触れておりません。


 《改造概論》

 さてどう改造するか。@最低でも10W+10Wはまともに出したいAトランスなど値のはる主要パーツはもったいないからそのまま再利用したいBアルミ化粧板付きの鉄製シャーシなのでドリルでガリガリ、やすりでゴシゴシの力仕事はなるだけパスしたい――つまるところ、あわよくばRC類や配線の変更だけで一攫千金を、というムシの良い横着者の発想ですが、AB1級プッシュプルを差動化してまともにA1級動作させるのは、ぺるけさんも指摘されているように、AB1級プッシュプルのB電源電圧の高さと電流容量不足が大きなネックとなって簡単にはいきそうにありません(当たり前でんがな!!)。

 差動化に必要なA1級動作とするためには、下の表の50C−A10代表的動作例でわかるように、AB1級よりはるかに低い電圧と大きな電流が必要ですが、MQ60は下のプッシュプル動作例よりさらにプレート電圧を上げて430V以上で動作させているのです。

50C−A10 A1級シングル動作例 AB1級プッシュプル動作例
プレート電圧 250V 400V
グリッド電圧 −22V −43V
プレート電流(無信号時) 80mA 100mA(2本分)
負荷抵抗 1.5k 5k(P−P間)
出力 6W 34W


 MQ60に使われている電源トランスS1747のブリッジ整流用B電源巻き線定格は360V280mAで、整流出力は460V以上になります。ここからA1級シングルの条件にまで落とすとなると、何らかの手段で180V前後もB電圧を下げねばならず、仮にこのトランスで280mAが目一杯取り出せたとしても、発熱量は0.28A×180V=なんと50Wにもなり、青竹ほどの大きな150W型抵抗器が必要になります。幾つかに分散したとしても、浅くて狭いシャーシ内はもちろんのこと、シャーシ上にもこれだけ大きな発熱物が置けるスペースはどこにもありません。

 ならばと、50C−A10ヒーター用の巻き線(100V350mA)を倍電圧整流して片チャンネル分のB電源に充て、本来のB電源用巻き線はもう片チャンネルのみに使うことで使用可能なB電源の容量を増やすとともに、発熱量をほぼ半分に減らす手も考えましたが、それでも20数W分の熱処理が必要ですし、倍電圧整流用の電解コンデンサーやチョークトランスなどかさばるパーツもさらに増えるので、この案もスペース的に実現は困難。

 従って、残念ながら電源トランスは別ものに載せ替えざるを得ないという結論になりました(早くも初志挫折……)。


 S1747のボルト取り付け穴は74×87mm。これに近いもので、かつ整流出力電圧320V、電流容量300mA程度のトランスを物色したところ、これまた埃まみれで眠っていた2A3PPのタンゴ・MX−280が使えそうです。このトランスのB電源巻き線は両波整流280Vと320Vがあり、AC280mAが定格。

 MX−280のトランス付属データによると、ダイオード整流だと取り出せるのは目一杯でも260mAにとどまり、その際の整流出力電圧も360Vと今回の用途には少し高すぎます。しかし、整流効率の悪い直熱整流管の5U4GBを使えば300mAを取り出せ、その際の整流出力電圧は320V弱と今回の用途にはちょうどいいあたりにまで下がることになっています。

 MX−280のボルト取り付け穴は76×95mm。シャーシに2カ所のボルト穴を開け直す必要があるものの、残る2カ所は元穴を少しやすりで削って外へ広げるだけでいけそうです。

 ノグチのPMC−283M(320V、280mA)もMX−280と同サイズのようですので、こちらも同様に使えるのではないかと思いますが、実物を手にしたことがないので??
                                                                改造前のMQ60



 電源トランスの問題はなんとかなりそうですが、次なるネックは整流管5U4GBの場所確保と、MQ60に使われているチョークトランスC1744(0.9H、260mA)の容量不足。

 5U4GBはフィラメントだけでも5V3A=15Wという発熱の権化みたいな球ですので、熱に弱いブロック電解コンデンサーからは十分の距離が必要。どう眺めてみても、おっ立てる場所はチョークトランスの位置しかありませんが、幸いチョークトランスの取り付け穴はオクタルソケットがぴったり収まる直径30mmの丸穴です。チョークトランスはかさばるうえ300mAを流すには危ないC1744をあきらめ、すぐ脇に立っているマイナス電源平滑用の小型電解ブロックコンデンサーを取り外した跡地にノグチの小型チョークPMC−0930H(0.9H、300mA)を置けば、とりあえず主要大物部品の玉突き配置は完了……のはず。

 あとは、6267や6AQ8の代わりの球を見繕って球3段構成の差動プッシュプル回路を設計すればOKと思ったのですが、どうも気になるのが出力段の定電流回路の発熱対策。300mAが取れそうなので、片チャンネル出力段には140mA程回せます。多分、50C−A10のカソード電圧は25V前後になるでしょうから、定電流回路の発熱量は25V×0.14A=3.5W前後に達しそうで、熱の一部を抵抗に肩代わりさせるにしてもトランジスタもしくは3端子レギュレータにはそれなりのヒートシンクをつける必要がありそうです。

 しかし、MQ60のデザイン優先のシャーシ高はわずか3センチちょい。放熱孔も50C−A10のソケット周り以外にはなくて結構熱がこもりそうなので、シャーシ上の6267か6AQ8の位置にヒートシンクを放り出したほうが良さそうです。そうなると球は出力段を除いて2本しか使えませんが、12AX7+50C−A10の2段構成にして高域特性の劣化にイジイジするのは精神衛生上良くないので、初段FET式の3段構成差動アンプとならざるを得ません。


 

        ※上図で、赤字部分がシャーシ加工やパーツ変更(含む球種変更)の必要なところです。



 《回路設計》

 【出力段】すでに述べたように、片チャンネル分のB電源容量は最大限150mA。初段とドライバ段用に10mA回すとして出力段には1本あたりなんとか70mA流せます。整流出力電圧は320V位で、ここから直流抵抗値25ΩのチョークトランスPMC−0930Hでの電圧降下約7.5V、OY15−5kでの電圧降下約11Vを差し引いた300V強が50C−A10のプレートに供給されます。ここからバイアス分の25V前後を差し引いた約275V位がプレート電圧となりますので、275V70mAを基準にOY15−5kに対応する2.5kのロードラインを引いてみました。

このグラフから見る限り、最適動作基点はもう少し左寄りの72mAあたりのようですが、球のバラつきもあったりするので、ほぼ最適化されているとみてよさそうです。推定最大出力は13Wぐらいでしょうか。


 【ドライバ段】50C−A10はバイアスが−60Vあたりでカットオフしそうですので、ドライバ段はP−P値で60V、50C−A10のバラつきもありますので余裕をみて約70V(実効値で約25V)を無理なく送り込む能力があればいい訳です。この位なら6FQ7や12AU7などで十分でしょう(ロードラインは割愛します)。


 【初段】球を使うスペースがありませんので、ぺるけさんの2SK30Aを使った回路(6AH4GT全段差動プッシュプル・アンプ)を拝借することにします。


 【電源部】外部ノイズ対策のためでしょうか、MQ60では電源トランス2次側に50C−A10専用のヒーター巻き線(100V350mA)がありますが、今回はトランスを特注しない限り不可能なので、1次側100Vラインをそのまま利用します。B電源平滑用のブロック電解コンデンサー2本(33+33μと47+47μ)はそのまま流用できそうですが、リップルを減らすためと、チョークトランスを熱源の5U4GBから少しでも遠ざけるため、40μのチューブラ電解1個と100+100μのブロック電解1本に替えました。そのまま使う場合は、5U4GBの入力コンデンサー容量は40μまでとなっていますので整流出力直後のC1には33μの片側を使い、残る33μは47μと合わせてチョークトランスの後ろに入れるのがいいかと思います。出力段のバイアス微調整用と、初段定電流回路の動作電圧確保用のマイナス電源は空いている6.3Vヒーター巻き線を利用します。



 回路図はこちら本体部  電源部)。回路自体はごく普通の3段構成全段差動アンプで、部品点数を極力 減らすため出力管のバイアス微調整は片方のみにしています。片方の50C−A10プレートと出力トランスの間に入っているR13(0.62Ω)は、プレート側での直流バランスチェックのため出力トランス1次側巻き線(P1〜B、P2〜B)間の直流抵抗値をそろえるのが目的ですので、カソード側に10Ω程度の抵抗をかませてチェックするのであれば不要です。ドライバ段共通カソードのR5(2.2k)、出力段共通カソードのR12(100Ω)は定電流ダイオード(CRD)や3端子レギュレータの熱負担を極力抑えて安定動作させるのが狙い。


 初段の定電流回路はCRDでもいいのですが、こいつは1本100円前後と高いうえにバラつきが大きく、目的の電流値のものを揃えるには運が悪ければ必要本数の5倍ほども買い込む羽目に陥りかねません。半導体の常で、FETも負けず劣らずバラつきが大きいですが、2SK30A(Y)は1個20円程度ですので、ペアに選別した残りからIdssが定電流回路の必要電流値に近似したものをCRDの代わりに使えば安上がりです。

 参考までに、3店からテキトーにひとつまみずつ計37個買った2SK30A(Y)のIdssのバラつきは右表の様なものでした。

 今回は1.9mA台の中から2ペア+定電流回路用2個の計6個を使いました。



 《改造工事・ゴリゴリ編》

 
 シャーシ内の配線やRC類、ラグ板など小物部品をすべて撤去します。電源、出力、チョーク各トランスの止めねじを外せば鉄製シャーシとアルミ化粧板が分離できます。

 まずは電源トランスのセッティングから。アルミ化粧板の電源トランス穴にうまくトランス本体下部がおさまるよう注意しながら4本の取り付けボルト穴の位置を正確に決めます。一発で穴開けに成功しないと穴周りがグチャグチャになってシャーシの強度が下がるのでここは慎重に。

 ○印がMX−280用のボルト穴(直径4mm)位置で、鉄製シャーシと化粧板がずれないようしっかり固定した上で、まずは直径2mm位の穴を開け、2.5mm→3mm→3.5mmと次々にドリル刃を替えて最終的に4mmで仕上げます(4カ所ともこの方式でいけたので、当初予定していたやすりがけによる穴拡大の労力は不要でした)。

 楽をしようと、最初から4mm刃で開けると、ボール盤でも使わない限り大概は刃先が動いて穴がずれ、泣きをみることになるのでご用心!

 チョークトランスC1744が付いていた場所に整流管5U4GBのためのオクタルソケットを付けます。シャーシと化粧板には元々、直径30mmの丸穴があるのでソケットがうまくおさまりますが、2カ所に直径3mmの取り付けねじ穴を開ける必要があります。

 化粧板の上から開けても実用上の問題はないのですが、ここでは鉄シャーシのみに穴を開けて皿ねじで止め、化粧板をかぶせればねじの頭が見えないようにしました。
 このほか、鉄シャーシの左右2カ所(赤の矢印)に20P平ラグ板の取り付け用皿ねじ穴を開けます。このシャーシには元々、L型8P立てラグ用の皿ねじ穴があるので、これをそのまま利用すれば16P平ラグなら穴開けなしで取り付けられます(20P平ラグの片方の穴は立てラグ用の穴を利用しています)。

 鉄シャーシの中央部、電源トランス穴の上方のねじ穴(白矢印)は、チョークトランスの片方の取り付けねじ穴です。もう片方の取り付けねじ穴は、その右斜め上方にあるブロック電解コンデンサーの取り付け穴を利用します。

 これでドリル仕事は完了。次は化粧板をかぶせてトランス類や電解コンデンサーなどを取り付けます。

 
 (右)正面外観  出力トランスは2次側が8ΩのみのOY15−5KF(P−P間5k)に載せ変えました。4−8−16Ω端子があるOY15−5kを他のアンプに転用したかったためで、こちらを使っても一向にかまいません。5KFの場合、P−P間の直流抵抗値が140Ω台とOY15−5kの半分以下になりますので、プレート電圧が5V程高くなります。6267のソケット位置にはヒートシンクを。

 (右下)背面外観  中央右に5U4GB、その左がPMC−0930H、その左が100+100μのブロック電解C。入力VRと出力トランスのインピーダンス切替SWは使わないので取り外してます。

 (下)内部  緑色の基盤(35×55mm)が初段用。ドライバ段と出力段は平ラグで。赤線はPMC−0930Hのコードです。このほか、既存のねじ穴を利用して電源トランス下側に定電圧ダイオード(ZD)などを組むL型5〜6P立てラグ、左右出力トランスのコーナー側にL型2〜3P立てラグをつけます。

 


 《改造工事・配線編》

 力仕事が無事終わって、いよいよ配線。どこから始めてもいいのですが、老眼に鞭打ちながらまずは左右の初段基盤とC電源基盤を完成させることにしました。

 初段の基盤です。各基盤上側の半固定抵抗(100Ω、B)は2SK30A(Y)間の直流、交流バランスを微調整するための、下側の半固定抵抗(100Ω、B)は負帰還量を調節するためのものです。

 ドレイン(プレート)負荷の10k(1/2W型)抵抗はきっちり10kでなくてもいいですから2本の値がよくそろったものを使ってください。1kと100k抵抗は1/4W型でかまいません。

 取り付けは、20P平ラグの片方のねじと、6267用ソケットねじ穴の片方に付けた15mm程度のスペーサーの計2カ所で固定します。

 組み上がったら適当な電源をつないでテストしておくと安心です。増幅度は8倍ちょっとでした。
 C電源用のマイナス5V定電圧基盤です。取り付け場所はMQ60の左右入力VRがあったところで、VRの固定爪用の直径3mm穴2個をそのまま利用、スペーサーを介してシャーシ後部側面に固定します。左の丸穴は元のR−ch用VRの軸穴。





 さて、お次はドライバ段と出力段用の左右の20P平ラグ板ユニットを組み上げます。

 写真と模式図はL−ch用で、カップリングコンデンサー以外のパーツはここにユニット化しました。赤線は、アース回路などラグ端子間の結線です。

 ドライバ段の定電流ダイオード(CRD)は2mAクラスと3mAクラスの2本並列で設計値の5.2mAを確保、出力段の電流量を決めるLM317T用の9Ωは18Ω2本(誤差1%級)の並列です。


 当然、R−ch用も中身は一緒ですが、配置や結線は右の模式図と鏡面になります。


 ※模式図は上面から見たものです。
 組み上がった平ラグ板をシャーシにねじ止めする前に、コードを半田づけしたLM317Tをヒートシンクに取り付け、6267のソケットねじ穴の片方を利用して長さ15mm前後のねじ付き金属スペーサーでシャーシ上面に固定します。もう一方のソケットねじ穴は、初段基盤の固定に使います。

 シャーシのねじ穴は平ラグや初段基盤に隠れますので、ヒートシンク付きのLM317Tを先に取り付けておかないと、あとで難儀します。

 ヒートシンクは35×25mmで、13℃/W規格。設置は幅50mm、高さ70〜80mmのものまで可能なので、夏場を考えるともう少し放熱効果の大きいもののほうがいいのですが、取り付けねじ穴との関係でうまく収まる大型のものが見つかりませんでした。



 ここまでたどりついたら、平ラグユニット、初段ユニット、マイナス電源ユニットをシャーシにねじ止め、回路図に従って必要な配線をすれば完成。
毎度見苦しいですが、ハラワタはこんな感じです。

 中央上側の水色チューブラ電解Cが5U4GBからの入力コンデンサーで定格33μ500V(実測値40.1μ)。その下は初段B電源用の20k(3W)やZDなどで、いずれも熱対策のためオリジナルのブロック電解Cを外した大穴の近くに取り付けます。

 アース母線はブロック電解Cの取り付けねじ穴と、取り外したチョークトランスC1744の取り付けねじ穴(いずれも既存)に絶縁スペーサーを立てて張り、6FQ7のソケットセンターピンのみソケット取り付けねじにアース、アース母線からシャーシへは電源トランスの取り付けねじを利用してR−ch初段基盤のところで落としています。電源トランスがシャーシ中央にでんと居座る構造のため、R−chの入力シールド線が磁束の最も大きい電源トランスの正面をもろに横切り、入力シールド線をアース母線にピッタリ沿わせないと盛大にノイズを拾います。

 50C−A10のグリッドは5ピンと9ピンで、MQ60ではこの両ピンがスズメッキ単線で結ばれていますが、これはピンを介してグリッドの熱を少しでも逃がしてグリッドの温度上昇による50C−A10の熱暴走を避けようという涙ぐましい知恵ですので、切らずにそのまま残しておいた方がいいでしょう(本機は固定バイアスではないので熱暴走の心配はまずありませんが……)。

 



 ちなみに、オリジナルのハラワタはこちら(※出力トランスを外した後の撮影)。緑のフィルムCは入手当時に取り替えたもので、それ以前にもC電源の平滑抵抗が取り替えられていたり、出力管カソードに直流バランス測定用10Ω抵抗が加えられたりしていて、厳密にはオリジナルとは言えませんが……

 上下の画像比較でわかりますように、当初の楽チン改造のもくろみは見事に外れ、結局、意図的に変更した出力トランスを除き、オリジナルパーツで残ったのはシャーシ、ACスイッチ、パイロットランプ、出力端子、50C−A10とそのソケットだけ。50C−A10のソケットも長年にわたって高熱で焙られてますので交換しようとしたのですが、手持ちの新品は取り付けねじ穴が合わず断念しました。ヒューズホルダーのねじ山は潰れてるし、入力RCA端子のベーク板は割れてるし……と、さすがは年代ものです(トホホ…)。




《いよいよ火入れ、そして発振!》


 いよいよ火入れですが、その前にもう一度配線ミスがないか点検。回路設計に問題がなければ、トラブルのほとんどは配線ミスか半田づけの不良(いわゆるテンプラ)です。配線ミスは目で追っかければすぐわかりますが、完成してからの半田づけの不良はなかなか発見が困難ですから、製作中に1カ所半田づけするたび、めんどうでもテスターでその部分の導通を確認しておけば安心です。

 幸い配線ミスはなかったので、電源ON。整流出力が予定より数V低いため、各部ともその分、設計値より電圧がやや低めですが、問題なしに動作しているみたい。さすがは傍熱管だけあって、調整の前に出来たてホヤホヤの音を聴いてみようとつないだスピーカーも無音状態、ハムの気配はまったくありません。

 と、ここまではしごく順調だったのですが、ついでに残留雑音レベルを計っておこうとつないだミリバルをみて愕然!! 入力ショート状態でなんとR−chは30mV、L−chにいたっては80mVもの出力があります。スピーカーからは無音だっただけに、ポンコツ・ミリバルが壊れたと思って別のミリバルに繋ぎ替えても結果は同じ! 

 どうやら可聴帯域以外で発振してるみたいですが、裸利得60倍足らずのアンプでおまけに無帰還状態なのになんで発振やねん……という感じ。こうなると、出来たてホヤホヤの音を聴いてみようなんてのんきに構えてる場合じゃありません。気を取り直して原因を探らねば。

 80mVの異常出力をオシロに入れて周波数を探ると、そのほとんどが約81kHz成分。いわゆる高域発振っていう奴で、試しに1kHzの正弦波をアンプに入れてみると、1kHzのラインが81kHz成分による細かなギザギザで見事(?)に縁取りされてます。

 初段はユニット完成後の単体テストで問題なかったので、とりあえずドライバ段か出力段の異常と見当をつけ、ドライバ管の6FQ7をひっこ抜いて様子をみます。発振が止まればドライバ段(あるいはドライバ段+初段)に問題ありということですが、ひっこ抜いてもまったく変化なし。出力段に問題ありです。

 この回路の出力段単体で発振する原因は何か? 聡明なる諸兄はすぐ思い当たられたことでしょうが、犯人は定電流回路のLM317Tです。共通カソードの近くに取り付けておけば問題なかったのでしょうが、熱に配慮してかなり離れたシャーシ上に配置、配線も相当引き回してますのでご機嫌を損ねたようです。3端子レギュレータのお約束ごと、「IN」端子側に0.01μ(100V)のフィルムコンデンサーを入れアースしてやると発振はピタリとおさまりました(画像右=※このCは回路図にはありません。LM317TのIN端子そばでなくても、共通カソードから100Ω10Wを経由したIN端子側での挿入で十分機能しました)。

 たとえ0.01μの小容量とはいえ、差動回路のカソードをコンデンサーで接地する=交流的にアースする=と超高域での差動に影響があるのではという危惧(※)は残りますが、トランジスタのディスクリート定電流回路に組み替えるためにはかなりの部分をバラす必要があって大変ですので、とりあえずそのまま使うことにします。

※補記 ぺるけさんが掲示板で0.01〜0.47μ程度なら差動への影響はないとおっしゃってますので、問題なさそうです。



 《調整》

 発振が止まったところで調整。まず、無帰還状態(VR1を回して2SK30Aのゲート〜アース間の抵抗値をゼロに)としてから、出力段のDCバランスをとります。バイアス微調整用のVR3を回しきってVR3とR9(1k)の接点の電圧が−0.45V程度あるのを確認したうえで、上下の50C−A10の各プレートにDC2Vレンジ位にしたテスターのテスト棒を当てます(どちらのプレートが+側でもかまいません)。よほどの偶然以外に、表示が0Vになることはなく、プラスかマイナスかどちらかの電圧が出ますので、これがなるべく0Vに近づくようVR3を回して調整します。もしVR3を回してマイナス電圧を上げるにつれ、プレート間電圧が0Vから離れていくようでしたら、V2にV3よりバイアスの浅い球が刺さっているためですから、V2とV3を差し替えて調整します。OY15−5kの許容アンバランス電流は2mA弱のようですが、出力トランスの特性劣化を避けるためにはアンバランス電流が少ないにこしたことはありません。各出力管のヘタリ具合にもよりますが、アンバランス電流が0.5mA程度まで追い込めれば上々かと思います(電圧表示でOY15−5KFなら±30数mV、OY15−5kなら±80mV前後)。

 次は初段のDCバランス調整。上下の2SK30Aドレイン〜6FQ7グリッドのラインにDC2Vレンジ位にしたテスターのテスト棒を当てます(どちらのドレイン〜グリッドが+側でもかまいません)。2SK30Aの両ソース間にあるVR2(100Ω)を回してテスターのDC電圧表示が極力0V近くになるようにします(こちらも±数10mVレベルでいいでしょう)。

 このあと、歪率計をセットして初段のVR2を微調整、歪率が最小になるポイントを探ります。

 負帰還量は初段にあるVR1で調節します。調節可能範囲は無帰還〜約15dBの負帰還ですが、高域の暴れ対策に四苦八苦しないためには6〜10dB程度にとどめておくのが無難でしょう。



 《基本特性》


 

R−ch L−ch 備考
裸利得 56倍(34.96dB) 54倍(34.65dB)
負帰還量 7dB 6.7dB
最終利得 25倍(27.96dB) 25倍(27.96dB)
最大出力 14W 13.9W   8Ω負荷、1kHz、歪率5%
周波数特性 8Hz〜145kHz(0dB、−3dB) 9Hz〜143kHz(0dB、−3dB) 8Ω負荷、1W出力時
歪率 100Hz 0.28% 100Hz 0.37% 8Ω負荷、5W出力時
1kHz 0.21% 1kHz 0.31%
10kHz 0.24% 10kHz 0.35%
ダンピングファクター 8.5 8.1 ON−OFF法、1kHz1V出力時
ch間クロストーク R→L  −84dB L→R  −86dB 0dB=3.16V
残留雑音 0.12mV 0.1mV 聴感補正せず



 【周波数特性】
 実装した出力トランスOY15−5KFはLUX社のプリメインアンプA1033(6CA7PP)に使われていたもので、2個とも100kHzと300kHzあたりに小さな谷とピークがあるものの、負帰還量が7dB程度ならC1(680pF)による位相補正でかなり素直なカーブが得られました。




        ※いずれも上段が原形波、下段が再生波(R−ch、8Ω負荷)



 【歪み特性】
 L−chの歪みがR−chに比べてやや多いのは、負帰還量の差だけでなくL−ch初段2SK30Aの個体差も原因のようです。取り替えてやれば歪み5%の最大出力もR−ch並みの14Wを確保できるはずですが、実用上支障がない(本音はユニバーサル基盤をやり替えるのはめんどくさい)という不精者の理屈でそのままにしています。

 




































 【ch間クロストーク特性】
 さすがは全段差動、低域のクロストークの良さはシングルアンプとは別世界のものです。


     





 《参考データ》

MQ60カタログデータ
連続出力 30W+30W(4、8、16Ω)
全調波歪率 0.1%(1W出力時) 0.3%(定格出力時)
周波数特性 15Hz〜60kHz(±1dB以内)
残留雑音 0.7mV以下
ダンピングファクター 約15(1kHz)





 《おわりに》

 
当たり前とはいえ、MQ60とはまったく異なる全段差動の音です。MQ60もうまくまとめられた決して悪いアンプではないのですが、同じ50C−A10とOY15出力トランスの組み合わせだけに、AB1級プッシュプルと全段差動プッシュプルの音の質の差を改めて痛感させられました。一つひとつの音の躍動感や立体感、定位の良さなどはMQ60からは想像できない高レベルで、ネットオークションで売っ払わなくてよかった! 私個人の好みで欲をいえば全体の雰囲気にもう少し繊細さがあれば……と思いましたが、ピアノの再生に関しては当方の現有機の中でピカ一です。

 L−chのLM317Tは長時間電源を入れっぱなしにしておくと、5U4GBにこんがりと焙られてR−chのLM317Tよりかなり温度が上昇しますので、夏場を思うと5U4GBとの間に遮熱板を立てた方がベストのようですが、不精者の常で夏になったら考えることにします。

 本題とは直接関係ないですが、MQ60のシャーシ内配線はAC100VからB電源、ヒーター、アース、最終出力に至るまですべて径0.65mm位の色違い被覆単線1種類でまかなってます。メーカー組み立て要員の熟練度差を吸収して作業効率を上げる=人件費圧縮や、材料コストダウンなどが理由のようで、安全性に問題はないのでしょうが、量産品の限界が見えるような気がしました。

 出力トランスOY15シリーズは“断線トランス”との悪評があり、現に私のジャンク箱にも断線・半断線状態のものや1次側と2次側がショートしたものなどが転がってますが、このトランス自体に問題があるというよりも、MQ60やSQ38FDなどは固定バイアスの電圧制御にちゃちな半固定抵抗が使われているため、ガリなどでバイアスが大幅に下がり過大電流が流れることによって断線するケースがほとんどだと思います(実際、壊れたOY15搭載アンプをみると大概はチョークトランスやOY15の下部から過電流による高熱で溶けたピッチが流れ出ています)。末永くつき合おうとお思いでしたら、抵抗やカップリングコンデンサーをオーディオ用と称する高価なブランド品に交換するよりもまず、C電源の半固定抵抗をしっかりしたものに交換されることをお勧めします。



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