真空管カーブトレーサーってほとんど見かけない機器ですが、簡単に言えば真空管のプレート電圧と電流、グリッドバイアス電圧の相関関係をEp-Ip特性曲線グラフなどとして「見える化」するためのツールです。Ep-Ip特性曲線グラフは真空管アンプを自作する際の是非もので、これがあれば安心してロードラインが引けますし、真空管の3定数(増幅率、相互コンダクタンス、内部抵抗)も割と簡単に求めることができます。 そんな便利な機器がなぜ普及しなかったのか。理由はいろいろあると思いますが、ほとんどの真空管はメーカーのデータシートさえ見ればこれらの要素が不十分ながらも記載されているので、わざわざ自分で計測しなくてもとりあえずは事足りる、というのが最大の要因でしょうか。しかし、データシートの記載はあくまで標準的な値であって、個々の真空管の特性を担保するものではないため、現実にはアンプを組み上げてみるとパワーが出ない、歪みが極端に多いなど問題に直面することも珍しくありません(特に中古球は)。 そんな訳で、真空管も人間同様、体力測定と健康診断をしておくと一応安心できます。これまでは必要に応じてバラック組みで使っていたのですが、操作性や安全性を高めるためシャーシ上にまとめてみました。もっとも、真空管をセットしてボタンを押せば自動的にオシロやパソコン画面にカーブが現れるという優れものではなく、得られたデータをせっせと表計算ソフトに入力してグラフ化するという全手動の人力カーブトレーサーですので悪しからず。 【仕組みと仕様】
ご覧の通り、基本回路自体は極めて単純で、6DJ8、6FQ7、2A3、300B、KT88、211etc、電圧増幅管から送信管まで様々ある真空管のどのクラスまで計測できるかどうかは電源部、特にB電源のスペック次第になります。電圧増幅管だけで良しとするのなら安定化B電源は最大400V30mAもあれば十分ですが、300Bなら700V260mA近くが、送信管ともなると約2000Vと気の遠くなるような高電圧が必要となってしまいます。 当方の場合、巨球趣味はありませんので、せいぜい300B(これも巨球か!)位までを測定対象にしました。また5極管やビーム管は使うとしても3結動作のみなので、構造が複雑になる多極管測定は見送り、これらは3結仕様のみで測定することにします。
【B電源部】
下の回路図はB電源まわりのみを抜き出したものです。倍電圧整流した出力を真空管ソケットのプレート端子にどんどん並列に繋いで行き、その経路のどこか適当なところにプレート電圧計測用の直流電圧計をぶら下げます。同じく、電流の帰り道として傍熱管はカソード、直熱管はフィラメントの片側をどんどん並列に繋いで行き、その経路のどこか適当なところからプレート電流計測用の直流電流計をぶら下げてアースに落とします。 プレート電圧の設定は交流安定化電源のAC出力を連続可変させることで行い、DC出力を0.2V刻み位で調節できます。DC出力自体は約700Vまで可能ですが、秋月電子で入手したデジタル・パネルメーターの定格に制限されて現状では残念ながら600Vまでしか上げられません。 【A電源部】 数えてみたことはありませんが、真空管のヒーター(フィラメント)電圧って一体何種類位あるんでしょうかね? 真空管試験機は20種類前後の電圧切り替えをできるものが一般的なので、実際にはそれ以上の種類があるのでしょうが、欲張ってもきりがないので、内蔵のA電源は利用頻度の高い2.5~6.3Vとしました。但し、12.6V球のうち12AX7や12BH7AなどヒーターCTのあるMT9ピン球は切り替えスイッチを設けて6.3V駆動で使えるようになってます。それら以外の電圧球は、直流安定化電源などを利用して外部取り込みとします。 ヒータートランスはノグチPM-H2(6.3Vまで3A、7.5Vのみ2A)を利用。普通のロータリースイッチでは大電流に対して接点が持たないので、5A×2回路のパワーリレー(942H-2C-5DS)で電圧切り替えを行います。直熱出力管50などに対応する7.5V端子を利用しなかったのは、手元に同じリレーが4個しかなかったためで、他意はありません。 【C電源部】 300Bなど出力管用のバイアスを考えると、-160V位までの可変かつ安定化された高(低?)電圧が必要になりますが、非常に大掛かりなものとなるので、電圧増幅管用の0~ -11Vのみを内蔵させ、それ以外は外部の直流安定化電源から取り込むことにしました。 電圧増幅管用はDC12Vのスイッチングアダプタを電源とし、そのマイナス出力を抵抗で1V単位に分割します。スイッチングアダプタのAC100V接続先は、上の「A電源回路図」にある5Vスイッチングアダプタと同じ場所で、パワースイッチONと連動しています。アダプタ出力と最初に繋がっているカッコ付き10Ωは、実測で12.106Vあるアダプタ電圧をほぼ12Vに下げるための補正抵抗なので、実測値に合わせて増減させることになります。 後で触れますが、「双3極管用Bias」端子を設けているのは、6SN7や12AX7など双3極管についてはソケットに挿したままユニット1とユニット2を切り替えて計測できる回路にしているので、そのバイアスは他の真空管とは別ルートにする必要があるためです。
【ユニット切り替え回路】
【ソケットと管種割り当て】
【ハラワタなど】
【Ep-Ipグラフの作成】 Ep-Ipグラフの作成は以下の手順で行います。 ①貴重な真空管を赤熱させてぶっ壊さないよう、印加電圧ごとの最大プレート損失ポイントを事前に計算しておきます。最大プレート損失(W)を印加しようとするプレート電圧で割ればその時のプレート電流が求められ、Ep-Ipグラフでは横軸にプレート電圧、縦軸にプレート電流が表示されるので、電圧値と電流値の交点が最大プレート損失ポイントになります。動作させるのは損失ポイント以下が原則ですが、短時間なら若干オーバーしても半導体のように瞬時に壊れることはありません。 ②バイアス電圧とプレート電圧を何ボルト間隔で測定するかを決め、まず真空管を30分程度ウオームアップ。次にバイアス電圧を0Vに設定、プレート電圧を10V位から段階的に上げて行って、それぞれのプレート電圧時の電流値をひたすらメモします。電圧がどんどん高くなって電流が最大プレート損失ポイントを超えそうになればそのバイアス値での測定を終え、次のバイアス値で同じ作業を繰り返します。 ③こうして得られたデータを表計算ソフトのExcelやOpenOffice Calc(フリーソフト)に打ち込んでグラフにします。下はOpenOffice Calcの画面ですが、手順はExcelでもほとんど一緒です。(使用データは直熱3極管71Aの実測値)
最終的に下のEp-Ip特性グラフが完成しました。右隣はメーカーから公表されているグラフで、両者を重ね合わせると見事ドンピシャ、細部まで狂いなく一致しており、製造から半世紀以上という齢を全く感じさせないこの個体の元気さがよく表れています。しかし、こいつはどうも例外みたいで、数年前に米国Antique Electronic Supplyで購入した手元の5本をチェックしてみたところ、良好なのは2本だけで、ヘタリかけが1本、工夫次第では当面使えなくもないが1本、完全不燃ゴミが1本という結果でした。 【やっぱりちゃんと測ってみなくちゃ分かんない】 残る4本のデータは以下のようなものでした。
【おわりに】 上記71Aのほか6DJ8、12A、12B4A(3結)、5A6(3結)などでもEp-Ip特性グラフを作ってみましたが、思っていた以上にいい感じのものができました。 ただ、時間がかかるのが難点。71Aで言えば、バイアスゼロから-80Vまで計9本の曲線データをプレート電圧5Vおきに測定してグラフ化するには、たっぷり2時間は必要です。手抜きして10Vおきに測定すれば時間は半分で済みますが、真空管データシートにあるようなきれいな曲線が得られず、ロードラインを引く上での問題はないとは言え「痛しかゆし」といったところ。 同じ品種名の真空管であっても、メーカー別の微妙な~かなりの特性の違いだとか、真空管1本1本の個体差や劣化の状態がよくわかります。まあ、結論として、時間だけはたっぷりある方にとっては、試してみて損はない測定機と言えるのではないかと思いました。(2018.11.16) ◆トップページに戻る |