
2017 奈良県医師会広報誌 3月掲載 まほろば奈良
○平成7年夏, 作品づくりを目指しモンゴル撮影ツアーに参加した。 写真撮影もさることながらモンゴルの「
大草原とその暮らし」を見聞することにも惹かれ、その後3回(平成8年、平成10年、平成11年)の計4回も訪れることになった。
○日本から遠い国のようであるが、モンゴルへは真北に移動するので時差ボケに悩まされることはない。 飛行機がモンゴル唯一の国際空港・ウランバートルに初めて降りた時、衝撃で思わず声が漏れる強烈な尻もち着陸で歓迎された。 タラップを降りたものの、外は真っ暗闇であり建物内部は国際空港に関わらず裸電球がポツポツと灯っているだけであった。 空港建物への入口は古びた木製扉であり、蝶番がはずれ傾いて開いたままであった。 そんな古ぼけた空港であったが翌年には空港が新設され近代空港に変身、トイレも水洗にて、それなりに整っていたが、3回目訪問時には使用禁止のトイレも散見された。 外国企業が技術援助する新空港建設には問題がなくても、そのあとのメインテナンスとなると難しいものがあると感じた。 2回,3回と訪問を重ねる都度ウランバートルに経済成長に伴う活気を感じた。 3回目の訪問であったか、入国審査も済み、私は集合場所に向かったが、いつのまにか人ごみに囲まれ雑踏の中を歩くようになってしまった。 少し離れたところには空間があるのに、何故自分の周りだけ混雑しているのかと奇異に感じた。そのあとツアー仲間が集合してみると「スラれた」という人が出てきた。幸い私に被害はなかったが集団スリ団に狙われていたようだ。考えてみれば入国審査を終えた直後は歩きながらパスポートを仕舞うなど結構バタバタしており、周りへの注意が散漫になる。そこを見越してスリ団が狙うらしい。 かつての鄙びた空港が新空港になると、集団スリの暗躍する場となり、その変化に戸惑った。
○ホテルで一泊したあとはウランバートル市街を出て、いよいよ見渡す限りの草原での撮影がはじまる。 朝の牧場を訪れ砂ボコリの舞うなか行き来する馬と牧童を撮った。(写真1)
○ 草原の人たちは、ご存じの移動式テントのゲルに住む。 私も宿舎替わりに何回かその中で夜を過ごした。内部は結構広い空間であり簡易ベッドで休むことになる。蚊はいなかったがトイレ施設もなく、その時は近くの草原で用を足すということになる。 飲料水は宿舎でのみ販売しておりペットボトルを買い込みバスに持ち込む。洗顔・歯磨きには現地の水を使った。 時にシャワー設備を備えた宿舎もあったが水が冷たすぎて気持ちのいいものではなかった。
○果てしなく続く草原のなかドライブインでしばし休憩となった。 その前がなんとゴルフ練習場になっており距離表示の看板が点々と立っていた。 標識の間を放牧された牛がのんびりと草を食んでいる中をひとり歩いたが、ほんの7歳ぐらいの子供が水を汲みにきたのに遭遇した。 様子をうかがっていると彼は15kgあるかと思える水タンクを遠くのキャンプ地まで担いでいったが、その体力には驚いた。 相撲は日本の国技であるがモンゴル出身の3力士が横綱の地位を長らく独占している。モンゴル勢が強いのは、こういう常日ごろの運動量の違いからくる基礎体力の差にあると思う。
○草原のなか、とある村落を訪れた。 集落全体が木柵で囲まれ、入るには許可を求めるようになっている。 返事を待つ間、遠くに目をやると草原の遥か彼方から現地の人が羊を連れて、こちらに向かってくるのに気づいた。 その背後には山が連なり、奥行のある私の好きな情景となった。 (写真2)
○その日は使い古しのミニバスに乗っての移動であった。草原の中のタイヤ跡をたどり、道なき道をひた走っていたところタイヤがパンクするハプニングが起こった。 草原の真っただ中で一時はどうなることかと思ったが 運転手が手慣れた様子で修理し湖畔の牛の放牧地に運んでくれた。 そこで特大サイズの蚊を追い払いながら牛飼い家族のおばあさんと孫娘さんのを撮ることになった。おばあさんと孫、牛糞を焚く煙、その背後に牛のシルエットが入るよう私は立ったり座ったり、寝そべったり, 高さ・アングルを変え激写した。 ツアー仲間からあの糞の散らばる地面に寝そべるとは、ただ者でないと評価をうけた。(写真3)
○被写体には事欠かかないモンゴル(写真4)であるが3回目(平成10年)、4回目(平成11年)となると近代化に舵を切ったモンゴルに自動車専用道路が整ってきた。ある時、草原の中で立ち往生するアメリカ製大型車を見かけた。 現地の人は車を馬同然に草原に乗り入れるが、そこはやはり草原であって道路でなく、斜面で車の底がつかえたり、ぬかるみで立ち往生したのだと思う。
○夏は午後9時ごろでも明るく、日が落ちてもしばらくは撮影できる。 現地旅行社の人に煙を演出してもらい,村人や馬で駆け付けた若者たちを撮っていたところ(写真5)旅行社の彼らが突然姿を消してしまった。 あとで聞くと8時間労働の尊守を訴え職場放棄したらしい。業者同士の問題であるが、撮影に夢中で現地の人たちの気持ちを傷つける一面があったと反省した。
○都会で暮らすモンゴルの人たちも夏には草原にキャンプして休暇を過ごす。 ゲルは今までどおりの伝統的なものであるにしても、ゲルのそばに太陽光発電パネルや衛星放送受信アンテナを見るようになった。(写真6)
○近代化とともに草原での牧畜を止める人があとを絶たず首都ウランバートルへの人口の流入はすさまじい。
またモンゴルはロシアと中国の間に位置し 鉄鉱石ら鉱物資源にも恵まれている。 今後、両国家間の覇権争いのなかで、モンゴルはどう変化していくか興味深いものがある。
○この原稿を書いている今、大関・稀勢の里が初優勝し、なんと19年ぶりの日本人横綱になった。 モンゴル出身3横綱とともに稀勢の里の今後の活躍を期待したい。