金色の卵

 

~ あちら側~

あまり大っぴらに人には言えないけれど、私はある家を観察していた。

私のマンションは車の多い通りから横道に入った道路沿いに建っていて、道をはさんで向かい側には25台ほどの駐車場がある。私が観察していたのは、その駐車場の向こう側の高台にある物件だ。
朝起きてカーテンを引くと自然と目に入る場所にあるので、それは「まだ売れていないこと」を確かめるための朝の日課になっていた。

あるとき、その家に不動産会社ののぼりが立っているのを見つけたのがきっかけだった。土地が狭くて建物が古いせいか、ネットで調べると手の届かない価格でもなかった。そのうえ一人暮らしにはちょうどよさそうな大きさでもあった。少し手を加えれば快適に住めそうな物件のように見えた。

ベランダにあふれた植物を地面に植えてやりたいと思いながら、けれども集合住宅の便利さも捨てがたかったので、のぼりに記載されている不動産会社に相談の電話を入れることもなく、日々は過ぎて行った。

今住んでいるマンションは築30年ほど。4階の角部屋で明るくて過ごしやすいものの、そろそろ買い替えたいなと思いつつ、なかなか行動に移せないでいるうちに、あの一戸建てからのぼりが消えた。

そして突然、あの家の周りに足場が組まれた。
今度は、家の改装を観察するのが日課になった。
屋根をふき替え、外壁を白く塗装し終えると足場は解体された。あとは内装に移ったようで、外からは観察する術はない。朝、カーテンを開けても特に変化もなく、そのうちチェックするのを忘れる日もあった。

ある日、何気なくあの家を見ると庭に洗濯物が干してあった。
少し距離があるので何が干してあるのかはわからなかったけれど、それがきっかけとなり、今度はどんな人が住み始めたのだろうかと気になり始めた。

それにしても、なんであの家にこんなに興味が湧くのだろう。自分にとっての好物件を買い損ねたかもしれないという淡い後悔があったのだろうか。そんなことを時々考えた。

モダンなグレーの家と、少し古いけれど庭をきれいに整えているベージュの家の間に挟まれた小さな白い家。私と同じようにあの家に目をつけたということから、自分と似たような人間が一人で暮らしていそうな気がするのだった。

ある日、そんなことを考えながらあの家に目をやると、誰かが庭で動いていた。
洗濯物を干しているのか取りこんでいるのか…
遠くて男女の区別もつかないけれど、洗濯物の色や量から推測して男性のようにも思えた。女性ならもっと色とりどりに干すように思えたから。

また、こちら側から見えるリビングに面していると思われる西向きの庭は、改装直後から大した変化もなく季節がひとつ過ぎようとしていた。
女性なら何かしら植えたり鉢を置いたりするだろうと考えるのは、私の思い込みにすぎないのかもしれないが。

そうしてある程度観察した結果、あの家には初老の男性が一人で住んでいると勝手に推測し、結論づけた。多分、伴侶をなくしたか、あるいは元々独身だったのか…そんな男性が退職金をはたいて|終《つい》の|棲家《すみか》として手に入れたのがあの家なのだろうと。

それからは、たまに気になった時だけあの家を眺めていたが、ある日ふたたび庭に人影を見つけた。
やはり男の人なのだろうか…妙に気になって、近くにあったスマホで家の辺りを撮影した。

望遠鏡で人の家を覗くのと同じじゃないのと自嘲しながらも、撮れた画像を拡大する。案外、女の人かもしれない…などと変にワクワクしながら。


画像には庭で何か干している人が写っていた。
上下白い服…というよりも装束という印象だった。
けれども解像度のせいか、顔がよく分からなかった。

私は画像を子細に眺めた後、首をひねった。

「西日の反射が強すぎたのかな」
そう考えた。

その顔はのっぺらぼうの金色の卵のようでもあった。

しかし、それほど驚きはしなかった。

あちら側からこちらを撮れば、自分も同じように映るのかもしれない…
何となくそんなふうに思ったからだった。