遠雷(第29編)

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おかげです

治多 一子

 「入門させていただきたいのですが」
 私は道場を訪れて道着をつけた年輩の人に声をかけた…後日副道院長と分かったが…
 「ハイ、お子さんですな」
 「いいえ」
 「じゃお孫さんですね」
 「いいえ…私です」
 その人は驚いたように一瞬私を眺めた。私はこうして一昨年少林寺拳法の市内の道場に入門したのである。道場は幼児、少年、血気盛りの男子青年の数十人で女子は高校生の三人だけである。
 退職金を本気になって計算しなければならない年で突いたり蹴ったりの修業をするのであるから私を知るほとんどの人は呆れ
 「エエ年して、アンタは阿呆と違うか」
とさんざんである。
 入門後早速前受身で床に激突し痛さでうめいた。そのまま病院へ行きわが身が情けなく涙がこぼれた。また腕立てが一回も出来ず床にベチャとつぶれたものである。
 その私が今度昇段試験に通って黒帯がつけられるようになったのである。私一人の力ではここまでこれるはずがない。道院長のI先生のご指導のたまものであり、大先輩O五段の
 過去に何をやっていたかということより今何をしているかということに意義がありますよ≠ニの励ましの言葉、また各先輩の温かい思いやり、半月程前からの腰痛で苦しむ私に、カイロ≠プレゼントしてくれた友人、骨折することなく大した風邪もひかず試験に臨まれた幸せ、私自身ではどうしようもない本当に多くのお助けを受けたのであり、私の力は実に微々たるもので、皆さんに初段をとって頂いたのだと心から感謝している。
 世は今まさに入試たけなわで、幸せにも合格の栄冠をかち得た人はこれ以上うれしいことはないだろう。本人の努力によることはもちろんであるが、私の近所の受験生は大学合格を夢みて懸命の努力をしていたのに試験前に病魔が無情にも少年の命を奪ってしまい、主のいない机の上の参考書が見る人の涙を誘っている。
 このようなことを思うと無事に受験し合格できたことは、多くの人々やその他有形無形のたすけ≠ェあったことを知るべきで、決して自分独りの力でこの幸せを得たなどと思いあがってはならないと、試験を受けた私は言いたい。

昭和55年(1980年)3月2日 日曜日

奈良新聞のコラム「遠雷」に掲載(第29回)

随筆集「遠雷」第21編

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