遠雷(第63編)

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新しい職場

治多 一子

 「くされ縁やなあと家で言っているのよ」
 受話器の向こうで、さもニタニタ笑っているかのような声が聞こえる。親友のYちゃんである。
 「三度も一緒になるなんてね」
 「ホント不思議ネ、M先生ともよ」
 女学校の五年間ずっと同じ組だったYちゃんとは半世紀近くのつき合いである。ご主人とも県立高校で二度、そして今度で三度目の同じ職場である。見えない糸で彼女一家とはずっとつながっているのであろう。
 Yちゃんのご主人だけでなく他に二度目、三度目と同じ職場になった何人もの人が今おられる。
 「ワァ! こんにちは」
 「またよろしく」
 そんな声が大きくはずむ。先生方の頭に白いものがまじり、顔にはシワがよってきても、身体を包む雰囲気は全然変わっていない。実にすてきだ。
 三月末から四月にかけて
 「ちょっと、Pさん教頭になったのよ」
 「ヘエー」
 「Qさん校長になったのですって」
 「フーン」
 こんな会話が耳に入ってくる。今日再会、再再会した人々は、そんな会話に全然のぼってこない人たちだ。
 管理職コースには目もくれず、信念をもってわが道を行くさわやか教師≠ナある。私のまわりにこんな先生方がおられることは実にうれしく楽しい。誇りにさえ思う気持ちでいっぱいである。
 先だって私が少林寺拳法三段の昇段試験を受けた折、試験官の先生が、
 「自分を磨き、魅力ある良き先輩となり後輩の指導に当たってほしい…」
とじゅんじゅんと説かれた。温厚な人柄がにじみ出て感銘深く聞いた。長い教師生活にいささかマンネリ化していた私にはジワッとこたえた。
 この訓練は何も拳法だけに限ったものではない。学校教育の場でも言えることなのだと今改めて考えさせられた。
 私はこの新しい職場でさわやか教師団≠フお仲間入り出来ることになった。
 グッと燃えなくちゃ
 思わず叫んでいた。
 見上げる校舎の背後に迫る山の木々の新緑は実に美しく、その中にみつばつつじの紅紫色がひときわ鮮やかである。

昭和58年(1983年)4月28日 木曜日

奈良新聞のコラム「遠雷」に掲載(第63回)

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