雪の日に
治多 一子
「ああ、スベル!」
私は思わず言った。
「チェーン巻いてもスリップしますね」
とI先生。
雪の中を歩き、疲れ果てた私は運よく同先生ともどもT先生に拾ってもらった。その車が玄関近くの坂まで来たとき急に前輪がスリップし出した。怖い≠ニ思った途端、バシッ≠ニ大きな音を立て雪の塊が横のガラスに当たって視界がさえぎられた。
降りてI先生は中学生に
「雪合戦していたのか」
私も雪合戦の流れ弾が当たったと思った。だが、
「態(わざ)とやりおった」
「あの後ろに隠れてます」
中の一人が指さした。
やがて現れたその生徒にI先生は
「危ないではないか」
と言い、さらにじゅんじゅんと注意を加えられた。
もし、あの雪が運転席の前のフロントガラスに当たっていたら、スリップしていただけに視界をさえぎられどうなったか、本当にゾッとする。
何気なくしたことが思わぬ恐ろしい結果を生むことがままある。
私が小学五年生の時、体操のあとだったか、みんなが三々五々と藤棚の横を歩いていたら、突然バシャン≠ニいう窓ガラスの破れた音と同時に大きなボールが飛び出してきた。
何人かが
「キャーッ」
と叫んだ。上級生の男生徒が教室内で投げていたのである。
また、だれかが大声をあげた。
「Yさんがえらいことや」
みんな彼女を取り囲んだ。見ればガラスの破片が無数にYさんの顔に突き刺さっている。額に刺さった掌(てのひら)大の重みでブラブラしていた。
血はしたたり落ち、当の彼女はキャーッ≠ニも痛い≠ニも言わず
「どうもないよ」
と言って破片を一つひとつ顔色も変えず、落ち着いて抜いていた。
みんなはもう恐ろしさで足がすくんだ。抜き終わってYさんは、最後にハンカチで血をふいた。
「看護婦さんとこへ行きましょう」
という級友の声に
「大丈夫よ」
と言い静かに教室へ戻って行った。
あのガラスが目に刺さっていたらと考えると慄然(りつぜん)とする。
こんなことを思い出すにつけ、十分指導された先刻の中学生は二度としないだろうと信じたい。
驚嘆したYさんとは卒業以来会えず、その消息も知らない。
昭和59年(1984年)2月15日 水曜日
奈良新聞のコラム「遠雷」に掲載(第69回)
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