Aちゃんは泣いた
治多 一子
私が授業に行く組にAちゃんがいる。K先生の姪(めい)で同家から通学していた。ある朝、先生は、
「昨日、A子がひどいこと言われたと言って泣いとったよ」
と、ニコッと笑って言われた。
一体、私は何を言ったのかなと首をかしげた途端、ハタと思い当たった。授業で彼女に質問した時、立ち上がって、目をショボつかせたので、軽いジョーダンで
「あんた目も悪いの」
と言ったのである。A子はみんなと一緒に笑っていた。だからそれでおしまいと思っていたのに…。
また一つ、先日、もと同僚のS氏に聞いたこと。女生徒に基本的なことを質問したが、答えられないので笑いながら言われた。
「こんなの分からないなら目をかんで死になさい」
よく使う言葉である。だが、その晩、電話で、
「娘が、お父さんどうしたら目がかめるの、先生できないこと言われたと泣いている。何ということ言ってくれたのか」
と父親からすごく詰問されたという話。
この二人の女子高校生の場合、たまたま家の人の話で分かったが、ほかにいかに多くの生徒を傷つけ、それを知らずに過ごしたことか。
私はこの二年間、ジンマシンで悩み、親友に言うと、即座に言った。
「あんた、ショックを受けた多くの生徒のモロモロのおん念が出ているのやで」
教育の効果は、教育する者、される者、相互の愛と理解と信頼による人間関係ができているかどうかにかかっている。いかにそれを作り築くかが、教育に携わる者の課題である。
私はAちゃんの性格の読みが浅かったのである。時を経た今、Aちゃんはどう思っているか、K先生におうかがいしたい。
昭和60年(1985年)9月1日 日曜日
奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第73回)
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