ノゴマ
治多 一子
だれいうともなく渡り鳥の話が出た。日ごろはひかえ目のI先生も、鳥のこととなると、すごく積極的にいろんな事を教えて下さった。
「サシバの渡りを見て来ましたよ」
「まあー、そうですの」
中央構造線ルートとして、渥美半島先端の伊良湖岬から鳥羽市に渡り、三重と奈良の県境の高見山と国見山の間の峠に至り、奈良県五條市を経て、和歌山、徳島、香川、愛媛、宮崎の各県、さらに鹿児島の佐多岬を過ぎ南西諸島沿いに南に渡るという。
今年は珍しく、はじめて曽爾高原の上を通ったという。そんな話を聞いているうちに、昨年の秋のことが、鮮明に思い出された。
ご縁あって、U高校に行っていた。その日の朝、生物準備室を訪れると、机上の小さなシャーレに、小鳥が入れられていた。
M先生が、授業を終わって帰って来られた。先生に
「何という鳥ですの」
「珍しいなあ、ノゴマですよ」
のどが、鮮紅色で、胸がうす水色のかわいい鳥である。折から、U校は創立九十周年の行事の準備でにぎやかであった。
「九十周年に態々(わざわざ)、飛んで来てくれたのネ」
とU先生。M先生は
「私が事務室の人から預かったときは、まだ暖かかったのよ」
「生きている彼に会いたかったなあ」
と野鳥の会のO先生。
ノゴマは渡り鳥で、北海道の草原の藪地で繁殖し、本州以南を春秋に通過する。
北海道から飛来、南アジアに渡るように運命づけられたこの小鳥、片手の手のひらにのるこんな小さな鳥が、精いっぱい飛び続けて来た。だが、ここで力つき生命絶えたこの小鳥。無常にも死後の硬直は始まっていた。思わず心から、冥(めい)福を祈らずにはいられなかった。
私は、健気(けなげ)に生きた、この小鳥のことを、いつか必ず、生徒に話したいと思う。
昭和62年(1987年)12月7月 月曜日
奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第92回)
随筆集「遠雷」第46編
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