寺院さまざま
治多 一子
Tさんは先日、私の友人に
「弟が、お墓まいりしないので、いつも私が行きますのよ」
と語った。
聞くところによると、Tさん姉弟の原籍は山陰の篠山である。そして先祖は、その地の殿様の家老をしていたという。
「先祖の人がまつられているのに、なぜ行かないのかしら」
不思議に思って、友に聞いた。
「お寺が勝手に、お墓を狭くしてしまったのですって。弟さんが怒ってあんな寺へ行くか。こっちで拝んでもらう≠ニいうことなの」
モータープールにするとか、墓地を広げるとか、アパートをつくるとか、宗教法人も金次第の昨今である。Tさんとこも、その例に洩れずということだ。
我が家の墓地は、奈良市内の、ある真言宗の寺内にあった。ある時、お参りに行くと、南を向いていた墓石が、東を向いている。通路をつくるためということだった。事前に一言の説明もなかったのである。
そんな経験のある私は、弟さんの気持ちがよく分かった。
こんなお寺にひき比べ、Mさんの菩提(ぼだい)寺は違っていた。Mさんの三代前の人が、なぜか、奈良を捨てて、何処(いずこ)ともなく出て行かれた。二代前のMさんのお祖父(じい)さんは、菩提寺とも音信不通となり、長い年月、お墓へ参る人とて無かったとのこと。曽孫の代になって、自分たちの先祖の墓は奈良の浄土宗のK寺院にあると知ったそうである。
長い長い年月、だれも詣(もう)でる人もないままだったから、無縁墓地として処理されていると思った。ところが、訪ねて行った墓は奇麗に掃除されていた。そして春秋のお彼岸には、必ずお寺の方が参って下さっていたそうである。
一、二年間のことではない。何十年もの長い間、お寺さんの方たちは、無縁だからこそ参ってあげられたのであろう。
私は、Mさんとは何の面識もないが、聞いていて本当にうれしくなった。お寺さまの優しい心に感動した。黙って他人の墓石を動かす人とは大違いである。僧侶(そうりょ)さまざま。寺院さまざま。
私は死んでも、あの寺で葬式もしてほしくないし、あの地で永眠しようとも決して思わない。いつ、突然動かされるか知れたものじゃない。
Tさんは、私の女学校の三年後輩である。今の時世について、弟さんともども一度ゆっくり話したいと思っている。
平成2年(1990年)9月23日 日曜日
奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第116回)
随筆集「遠雷」第51編
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