遠雷(第119編)

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三人のお坊さま

治多 一子

 大学入試センターの試験の翌日、各校で受験生たちが自己採点をしたことだろう。喜んでいるもの、落ちこんでいるもの、さまざまな光景が目に浮かぶ。
 センター入試で思い出すのは、Tのことである。
 彼女は既に、国立大学の工学部の学生であった。だが、医者になりたいという一心から、方向転換するため、受験しなおそうと決心した。それ以来、予備校に通う浪人生活が続いた。そして、遂にセンター試験の日がやって来た。
 「成績はサンタンたるものでした」
 Tは当時を思い出して、しんみりと語った。さらに
 「医学部へは、到底かなわぬと思い、すっかりやる気をなくしてしまいました。その折、三日連続の夢を見たのです」
 国立大工学部を退学してまで受験勉強にうち込んだ彼女だった。それだけに惨めで、何も手につかぬ状態に陥った。
 ある晩見た夢は、見知らぬ若いお坊さまが『元気出して頑張りなさい』と、手を引いて下さったという。また翌晩、昨夜とは違う若いお坊さまが夢の中で『しっかり勉強しなさいよ』って励まして下さったそうである。不思議なことには、さらに次の晩、今度は年とったお坊さまが、夢の中で、またまた励まして下さったという。
 彼女は、そこで立ち直り、再びやり始めたのである。Tは別に仏教に帰依(きえ)していたわけでもなく、普通の女の子である。また親類縁者に僧籍のある人はいないという。
 ふと思いついた私は
 「あんた、きょう帰ったら、お母さんに、親類に医者になりたかった人、なっていた人があったか聞いてごらんよ」
と、別れ際に言った。
 後日、彼女に会ったとき、やはり身近に医大を受けようとして夭逝(ようせい)した人、医学部在学中に亡くなった人、医者になっていて亡くなった人、の三人があったとのこと。
 その三人の人たちに、自分のあとを彼女に継いでもらいたいという願望があったのだろうか。なんとしても不思議なことだった。
 霊的なことは全く分からない私であるけれど、少なくとも、Tの見た夢のことは素直に信じたいと思った。
 何はともあれ、彼女は、センター試験の失敗に一時打ちひしがれてはいたが、すっかり立ち直り、二次に向かってひたすら頑張ったのである。
 今、Tは医学部の一回生。きっと良いお医者さまになってくれることだろう。
 今度のセンター試験で良い成績をとれた受験生は、その勢いでさらに頑張り、思わぬ不成績で落ちこんだ者も、ばん回しようと、最後まで悔いのない努力を続けてほしいと、心から思う。

平成3年(1991年)2月3日 日曜日

奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第119回)

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