鳥も食べない赤い実
治多 一子
花好きな菓子屋の店員さんに
「あれは何と言いますの」
と赤い実のいっぱいついた盆栽を指して、尋ねられた。
店の隅にあるので、側に寄れない。
「実を一つ下さい。植物の先生に聞いて来ますから」
彼女は一粒の実を手渡してくれた。「ウメモドキ」とも「タチバナモドキ」とも少し違うようだ。
財布に入れて大切にしていた。が、いざ聞こうと思って実を取り出したら、つぶれてしまっていた。黄色い二個の種子が懐紙にこびりついている。
「これでは分かりかねますね」
とのこと。がっかりした。
実物を目の前で見ていないから、無理だったのかなあと思いつつ、その日、興福院さんへお参りした。研修道場の花籠(かご)に、赤い小さな実のついた小枝が生けてあった。赤い実、赤い実と思っていただけに目に止まった。
「きれいですね」
「薬師堂の後ろにたくさんありますよ」
すぐ降りて行った。見上げる木の上に覆いかぶさるように無数の実がついている。美しかった。数個の実をつけた小枝がある。いただいて、あらためて見ると、透明な赤色のおいしそうな実である。試食してみようと思ったが、余りにもきれいだったから、まず一輪ざしに生けてから、後日ゆっくり味わったらいいと思った。
翌日、生物の先生に、その事を話すと、
「その実は有毒ですよ」
即座に言われた。
女学校で、級友が、
「透明な赤い実は食べられるのよ」
と教えてくれた。以来何十年、私は山野を歩いて赤い実を見ると、いつも試食していた。先だって、お茶の先生が、
「畑で、きれいな実の植物があったので、いただいたらおいしかったわよ」
「そんなの召し上がって、いいのですの」
「あーら、あなたが、透明な赤い実は食べられると教えてくれたのよ」
ということがあった。思えば、恐ろしいことを信じ、また人にも言ったものである。
生物の先生の言葉どおり、南天はじめ、センリョウなどは、みんな鳥が食べてしまっているのに、「ヒヨドリジョウゴ」の実は太陽の光のもと、木の上で無数の宝石のように輝いて見えた。
鳥たちは、どうして毒ということを知っているのだろう。かつて、縦に裂ける「キノコ」は食べられるからと言って試食し、ひどい目にあったと聞いたことがある。生半可な知識は命とりになりかねない。生兵法はけがのもと、とか。
くだんの赤い実の植物は、とうとうはっきり結論が出ないままになってしまった。
平成4年(1992年)1月19日 日曜日
奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第127回)
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