遠雷(第133編)

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友に合わない薬

治多 一子

 薬草採集の仲間とお茶を飲みながら
 「このお茶、頭の毛がふえて、黒くなるのよ」
 「でもズル禿(はげ)は、どうしようもないわよ」
等々、口々に言っていると、そこに居合わせた若い男の先生が、頭のテッペンをみんなに見せ、
 「毛が薄くなって来たし、前髪も後退して来た」
との言葉に
 「じゃ、このお茶飲まれたら」
と言いながら、仲間の一人がわざわざ自分の作ったお茶を湯呑(ゆのみ)に入れて渡してあげた。
 彼は、一口飲むや否や
 「こんなのお茶と違う、漢方薬のケッタイな味や、耐えられん」
と言い、すぐ吐き出してしまった。
 私たちは、くせがなくておいしいなあと思って飲んでいるのに…。この人には全然合わないのだと思った途端、先日の友の言葉が脳裏に浮かんだ。ごく最近、耳よりな養老薬草のこと聞いた私は早速、友に電話した。
 「あのネ、成人病や、ボケ防止に効くという薬草のこと教えてもらったのよ。採って来たらあげるわ」
 かねて、彼女が足腰をはじめアチコチ悪いと聞いていたから、よかれと思って知らせたのである。てっきりありがとう、お願いネ≠ニいう言葉が返って来ると思った。だが違った。それどころか
 「あなたが、よく効くと教えてくれた風邪薬飲んで、胃を害して、それからは風邪をひくたび、胃の調子が悪くなるのよ」
 ボケ防止の話どころでない。アレルギー体質の私にも副作用なく、よく効いたから≠ニ教えてあげたまで。彼女の語調から、あの薬さえ紹介されなかったら…という気持ちが強烈に伝わって来た。私はガクッとなった。
 あの薬は、友には合わなかったのだ。そうは思ってみても、もう一つ私にはピンと来なかった。
 だが今、仲間のみんなが、くせのないおいしいお茶だと言って飲んでいるのに、格幅のいい元気なこの男の先生には、即座に吐き出してしまうほども合性(あいしょう)が悪いお茶だった。彼女の場合も、市販されているあの薬は、胃腸によくなかったのだろう。
 薬を教えてあげたのは、もう一年以上も前のこと。それからズーッと風邪のたび胃病に悩まされたという友。以前、年配の婦人の
 「父親が言ってましたわ医者と薬は人にすすめるな≠ニネ」
の言葉を思い出した。
 私は薬を紹介し、しかもすすめたのだ。お茶の先生が
 「物事は、結果はよくなかったとしても、因等起が悪くなかったときは、救われるものなのよ」
と慰めて下さった。そうだ、今晩彼女に電話しよう。

平成4年(1992年)9月20日 日曜日

奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第133回)

随筆集「遠雷」第84編

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