遠雷(第139編)

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生兵法

治多 一子

 玉露の席に、初めて今日入った。二条流の方のお点前である。私の前にかわいい、きれいなお仕服に包まれた振り出しのようなものが置かれた。抹茶と違い、この玉露の席では、最初に振り出しを出すのだと思った。手に取ってみたが、出し口が分からない。
 「あれー、どこから出すのかしら」
と、隣の俊子さんに聞いた。のぞきながら彼女も
 「ほんまに、どこから出しますねんやろ」
と言った。右隣の上品な婦人が
 「それは、五人ごとに置く印ですのよ」
と、見兼ねて教えてくださった。なまじっか、振り出しなんか知っていて、口を出したのが失敗の巻である。
 先だっても、まこと恥ずかしい思いをした。所用でお寺さんへ伺ったら、ご住職はお留守で、そこにおられた尼僧さんが
 「今日は、お茶で彦根にお出ましですのよ」
 「ああ、お稽古(けいこ)の日でしたのネ」
 「ボンバイとか」
 私は、てっきり彦根のお茶室でお稽古と思い
 「どんな盆点前ですの」
と聞いたものである。と、尼僧さんは
 「あーら、いやだわ、盆栽の梅見ですのよ、ホゝ」
と笑われた。大恥をかいたのである。
 今日も而(しか)り、なまじっかの知識が引き起こした恥である。知識に限らず、こんなことがままあるのではと、考えつつ隆男君から聞いた話を思い出した。
 大学空手部の部員だった彼が、部の二人の先輩と電車に乗った。乗客が足を踏んだとかの些細(ささい)なことから、先輩がしつこくからんだ。見るに見かねた一人の老人が
 「そのくらいにしときなさいよ」
とたしなめたのである。次の駅に着いたとき先輩二人は、その老人を
 「降りろ」
と無理に下車させてしまった。車中の人は、見て見ぬふりだったという。隆男君も上級生故に、とても制止できなかった。
 駅に無理やりに降ろされたお爺さんに、先輩の二人はなぐりかかった。たたきのめされる老人を見るに忍びず、彼は目を閉じた。
 だが、現実はさにあらず、地面に倒されていたのは、二人の上級生の方だった。そのお爺さんは関西の空手連盟の会長さんで、かつ最高の有段者だったという。
 くだんの老人は
 「空手道というのは武の道なのですよ…」
と二人をこんこんと諭(さと)された。
 少しばかりの技が、知識が、知らず知らずに思いあがらせ、謙虚さを欠くことになりかねない。
 隆男君は感心して言った。
 「世の中には、本当に凄い人があるのですネ」

平成5年(1993年)4月18日 日曜日

奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第139回)

随筆集「遠雷」第80編

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