遠雷(第166編)

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百万両

治多 一子

 朝早くから電話のベルがなった。こんなに早くいったいだれからだろうと思いながら受話器を取った。
 「やっと、百万両手に入ったよ」
とはずんだ友の声、さらに彼女は
 「人には言うとくものと、しみじみ思ったわ。あなたがヤイヤイ言っていたから、私も気にとめていて、昨日見つけたのよ」
 以前から、百両ほしいと思っていたが、千両、万両はどこにでもあるが、百両が見あたらない。やっと山で見たのがそれと思い仲間たちと採って帰った。得意になって和歌の先生にお見せすると、即座に
 「実のつき方が百両と違うわよ」
と言われガクッときた。牧野図鑑で調べたが何か分からず、ついに生物の先生から「みやましきみ」と名称を教えていただいた。
 その後山で、小鳥が種子をもたらして生えた本物の百両を、山家の人と杣(そま)道を歩いていて見つけた。これで十両、百両、千両、万両がそろったと喜んだとき、職場で
 「百万両があるんですよ」
と物知りの先生から教えていただいた。どんなものか知りたく、花好きな友人、知人に頼んでいたのである。
 友からの電話で手に入ることが分かったので、その日、お会いした先刻の和歌の先生に得意になって
 「百万両をNちゃんが見つけてくれました。差し上げます」
と申し上げると、
 「いらないわ、十両と百両で十分よ」
とのお言葉。百万両、百万両と金額の大きさにまどわされて、ヤイヤイ言っている私が、恥ずかしく思えてきた。
 だが、せっかくの友の好意と、私は早速彼女の家へ行った。可愛(かわい)い紅の実がついていた。友から
 「私のも買うから一緒に行きましょう」
と言われ、ついて行った。その花屋さんには、幾つかの鉢に植わった可愛い赤い実のついた植物が並んでいた。挿してあるラベルには、まさしく百万両と書かれてあった。
 Nちゃんは自分用にと、一鉢買い求めた。私が彼女が最初に入手したのをもらって帰った。庭で百両の鉢と並べて置いた。じっと見ると全く同じである。
 学校へ持って行って調べてもらったが結局同種とのこと。明治時代とかに、ブームでいろいろの品種が作られたが、ブームも去り、もう問題にされなくなったと教えてもらった。
 並んだ鉢には、赤い可愛い実が下を向いてついている。同一種で、一方は、百両、他方は百万両と言われている、植物は、そんなことに、とんぢゃくなく、冬の日ざしの中、それぞれ力いっぱい生きている。

平成8年(1996年)2月6日 火曜日

奈良新聞のコラム「風声」に掲載(第166回)

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