序章 第1章 〜出発〜 第2章 〜ピクニックと危険信号〜


いただキリマンジャロ!

第3章 〜地獄 そして 帰還〜 登山3日目深夜 (半死亡!!!)
                        登山4〜5日目 (下山&フィナーレ)




3日目深夜

大部屋がザワザワし出したので、私は目が覚めた。
みんなが出発の支度をしている・・・

いけないはずだったのに、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。

 体調はどうだ?

 ダメだ、、、全然良くなっていない!

しかも、起き上がり、身支度し出すと更に気分が良くない。
頭が少し痛く、胸もムカムカする。脈も速いまま。

「ダメかもしれない」と、O氏に訴えつつも、身支度は続ける。
体を折り曲げ、登山靴の紐を締めているときが、かなりキツかった。
結び終わり、気を紛らわすために外に出た。


大勢が出発の時を待ってガヤガヤしている。
人ごみがうっとおしいので、人気のない所へ行ったとたん、
腹からこみ上げるものがあった・・・

・・・そして、大量に吐いてしまった、しかも2回続けて・・・

「あちゃー! せっかく無理して飲んで食べたのに・・・」

胃がカラになった。


幸い、真っ暗なところだったので誰も気づいていない。
これはいよいよ高山病そのものだなと思いつつ部屋に戻ることにしたが、
吐いたおかげでさっきよりかなり楽になっている。
胸のモヤモヤも取れた。

だが、かわりに頭がズキズキと痛くなってきた。
吐いたことと頭痛をみなに報告する。

O氏は体調良好だが、M氏はあまり良くないようだ。


ついに頭痛薬を飲むことにした。
頭は痛いが、胸のムカムカは取れてかなり気分が楽になった。
登れそうだという気力も出てきた。

ポーターらが夜食のチョコレートとお茶を用意してくれていた。
胃が空っぽだが、食べる気になれないのでリュックに詰めて持って行くことにした。
非常食だ。


支度を済ませ、再び表に出る。
さっきとは感覚が全然違う。
頭は痛いが体がリセットされたように楽になっている。
行けるところまで行こう。

準備は完了した。3人ともアタックはできそうだ。





アタック

0時を過ぎた。登山4日目に突入する。
昨日は、吹雪で風も強かったが、今は非常に穏やかだ。
夜空に星が見える。

メインガイドのセビについて、我々3人がいく。
そしてさらに後ろをサブガイドが歩く。
ガイドの地面を照らす懐中電灯がたよりだ。

ルートも知らず、道も見えない今日は、自分のペースで先々進むわけにはいかない。
3人が同じペースになる。

上方に、ところどころ灯りが見える。すでに出発しているパーティの懐中電灯だ。
やはり、今日は最初から急な斜面を登っていかねばならないのが判った。


砂地だろうか、滑りやすい道を往く。


O氏からアドバイスをもらう。

 「空気を吸うことより、吐くことに専念したほうがいい」

彼は素人だが、過去に5日間かけて4000m超の山に登ったことがある。そのときの教訓らしい。
どれほどの真価があるかは知らないが、それを心がけることにした。



小一時間ほどして、
後ろのM氏が苦しそうにしはじめた。
セビに伝え、皆で休憩する。

O氏と私は、まだ大丈夫だ。
声を掛けあう。やはり、出来れば3人揃って登頂したい。
セビに15分か20分ごとに休憩するよう要求する。


進むごとに道は険しくなった。
しかし、夜道の景色は変化がない。
前を歩くO氏の足取りと小石の地面しか見えない。

 ひたすらそれを見ながら歩くのだ。



呼吸の荒いM氏がさらに辛そうにしだした。
私も息苦しくなってきた。O氏も足取りが少しふらつき出した。


何回も小休止しながら、それでも登りつづける。

かなり酸素が薄い。息をするのが相当苦しい。
頭痛のほうは薬が効いているようだが頭が回らない。

 体が、登るのをかなり嫌がっているのが分かる。

ただたんなる疲労だけではない、
なんというか、今まで味わったことのない苦しさだ。

それでも気力を振り絞り歩く。いけるところまで行く。



何時間たったのだろう、下が大きくえぐれた大岩に辿り着いた。
ハンスメイヤーズ・ケープというポイントだ。

大勢の登山者がそこで休憩し、ガヤガヤしている。
疲労と安堵感で、思わず地面に座る。
頭がフラフラする。
私は手探りで、さっきリュックに放り込んだチョコを見つけ食べた。

その横で、今までほとんど調子を崩さなかったO氏がポツリと言った。

  「ダメかもしれない」

突然の彼の言葉に驚いた。彼が一番登頂の可能性があったのに。
まさかその彼からそんな言葉が出てくるとは。


とにかく、声を掛け、いけるところまで行くことにする。

この休憩したポイントは、ギルマンズポイントとキャンプの半分くらいのところらしい。
それを考えるとゾッとした。
すでにかなり限界に近づいているのに、まだまだ先を行かなければならない。
気力を振り絞り、起き上がって歩き出す。


道がさらに険しくなってきた。
ジグザグになり、道幅も一人が通れるくらいだ。

 地面に
が出始めた。


足元は雪、真っ暗な中の懐中電灯

下のほうには、別のパーティーの灯りが見える


さらに滑りやすくなる。登山靴を履いているものの、滑らないように踏ん張るのにも力がいる。
上の道にも下にも多数の登山者がいる。
みんなどんな気持ちで登っているんだろうか?


頭はさらに回らなくなる。
疲労、酸素不足、睡魔
合わさって、脚も体もフラフラになる。
狭い道を、何回も踏み外しそうになる。
O氏もときどき踏み外して滑り落ちそうになった。


同じような状況だったのだろうか、
上のジグザグを歩いているパーティーが踏み外し
落石させた。

我々のすぐ後ろをソフトボール大の石が転げ落ちていった。
メインガイドのセビが大声で注意した。
怪我人は出なかったが、まともに喰らっていたら大怪我だ。
下の登山者に同じことをしないよう慎重に歩を進める。


上のほうが尖っているのがなんとなく分かってきた。
おそらくあれが頂上だろう。しかし、まだまだ登らなければならない。


ほんとうに息が苦しい。
2歩進むたびに、特大の溜息のように深く息を吐き出す。
後ろのM氏もまるで獣のようにヒィヒィ唸っている。

一体、あと何時間であの尖がりまで辿り着けるのだろう。
もう精神も肉体もほぼ限界である。
ただ、やめようとも思わなかった。

「あの尖がりにまで俺は行くんだ」


限界状態が続くなか、おそらく最後の難所なのであろう、大きな岩ばかりのところに着いた。
ここからは道がない。

ガイドらの誘導に従って、岩を掴みながら登る。
ところどころ、段差が大きくなって、大きく脚を上げなければならない。
この動作がさらに堪える。


もう体はとっくに限界。
眠い・・・酸素が欲しい・・・
俺を空気の濃い地へ連れて行ってくれ・・・
足がもう動かん・・・頭が働かん・・・
体と頭がバラバラだ・・・
頂上に着いたら即下山だ!
とにかく空気がたっぷり欲しい!


欲望の塊になりつつも、
「尖がりに着く」という思いだけで必死に進んでいる。



出発から5時間くらいだろうか、
とうとう、我々は、
「尖がり」に辿り着いた。


大勢の登山客でひしめいている。
少し空が明るくなってきたが、まだ夜明けの時間ではない。
みんな御来光を待つのだろうか。
かなりの強風が吹いている。


なんの会話をしたのか覚えていないが、
とにかく、看板が見えたので、死にかけのまま記念撮影する。


よくやった!もうダメ・・・
私とM氏、もう2人とも死亡しかけ


よくやった!これで下山するだけだ!


そこで、O氏から思わぬ言葉を聞いた。

    「頂上はどうする?」

    「・・・?・・・うそ!?」

この尖がりは、頂上ではないのか!?


・・・そうか思い出した!
キボハットには2つのポイントがあるんだった・・・

我々が今いるギルマンズポイントは、実は頂上ではない。
ウフルピークというのがキリマンジャロの最高地点なのだ。

ガイドのセビに聞く。
「頂上へはどれくらいかかる?」

「1時間半くらいだ」

この回答は、何の未練も残すことなしに、私を潔くあきらめさせてくれた。
居るだけでも辛いのに、どうして1時間半(往復で3時間!)も歩けるんだ!


もう、この5700mの地点で十分満足した!
5700mだぜ!俺はよくやった!
もう何もいらない!
とにかく空気の濃いところで眠るんだ!

日の出なんてもうどうでもよい。
2度と来ることのないであろう、この地点に、いささかの未練もない。

即、下山だ!



ギルマンズには、10分といなかった。
M氏と私とサブガイドは、ベースキャンプへ戻り始めた。
ハンスメイヤーケープでリタイアしかけたO氏は、セビといっしょにウフルピークへ向かった。


次々と登ってくる登山者たちとすれ違いながら、死にかけ状態で降りていく。

足がいうことを利かない。

5時間くらいかけて死に物狂いで来た道を、また降りなければならないのだ・・・

この当たり前の事実にゾッとした・・・

誰かが背負っていってくれたら・・・
地獄車でも横転でもいい、ここから回転しながら下っていけたらどんなに楽だろう・・・
いや、それより翼が欲しい・・・
空気のたっぷり在るところへ行くんだ・・・

※このギルマンズ付近で、疲労や高山病による奇怪な行動をとる人は多いらしい。
全然違う方向へ歩いてガイドに呼び止められたり、目の前に突然お花畑が現れたりと、可笑しな行動をとったり幻覚を見たりする人が結構いるようだ。



トボトボ、ヘロヘロ、放心状態

意識朦朧としながら、とにかく、無我夢中で降りていく。
ベースキャンプへ帰るのだ。


ギルマンズで立ち止まっていたせいか、足先がやたら冷たい。
雪が滲みてきたのか汗が冷えているのか。凍傷になったら洒落にならん。
かかとも靴擦れしているようで痛いので、登山靴の紐をゆるめ、ダボダボ状態にした。
靴を引きずってしまうが、窮屈で痛いよりましだ。



だんだんと、空が白んできた。

  
斜面で立ち止まるM氏

   日の出だ。
御来光

 雲海をバックに、影絵のようなマゥエンジハット


本当は、ギルマンズポイントやウフルピークでご来光、というのが一番だが、今の私にはこれを撮るのが精一杯。とにかくカメラに収めようと、もうヘロヘロな状態で何回もシャッターを押す。


道がはっきりと見え出した。振返る。

細い雪道
こんな道を登って行ったのか。


尖がり
尖がりを見上げる。 あれは頂上ではなかった。



右手の斜面の向こうにも雲海が広がる。
まるで、岸に泡立った波が押し寄せているようだ。


再び下りはじめる。
だが、いっこうにベースキャンプが見えない。
下を見渡してもまだキャンプサイトは見えず

あと何時間歩けばいいんだ?

太陽はかなり昇ってきた。

真正面から受ける日差しで暑い。
ペットボトルの水を飲む・・・ん、喉に尖ったものが刺さった。
うわさには聞いていたが、水が本当に凍っていた。
無我夢中だったから気づかなかったが、やはり外気温は相当低かったのだ。



ときどき振り返って、ギルマンズを見上げる。

青空に尖った雪ギルマンズが映える。


「我ながらあんなところまで、よく登ったもんだ」

こうやって悦に入らないことには、やってられない。



太陽を背に神々しいマゥエンジ峰

正面には、ゴツゴツしたマゥエンジ峰がくっきりと見える。
右側にベースキャンプが見えた。

しかし、近そうで遠いのだ。

このときほどパラグライダーが欲しいと思ったことはない。



結局、ギルマンズから3時間ほど歩いて、キボ・キャンプサイトに到着した。

もう分けがわからぬまま、昨夜と同じベッドで即ダウンした




私とM氏が下山している間、O氏はウフルピークめがけて進んでいた。

雲の海、そそり立つ氷河

 遥か下の雲海、手前には光り輝く氷河。もちろん私は見ていない。


よっ、大将!日本一!アフリカ一!

そして、彼一人、めでたくアフリカ大陸で一番高い場所に立ったのである。




眠りこんでいる私は起こされた。O氏がキャンプに戻ってきたのだ。
朝飯を食べたかどうかも覚えていないが、今日中に、ホロンボハットまで下山するのだ。

一眠りしたおかげで、体力は少しは回復した。
しかし、薬が完全に切れたのか、頭が破裂しそうなほど痛い
ドクンドクンと脈打っているのが分かる。

アタック時は、薬の鎮痛作用で頭痛のことはあまり分からなかったが、登山中もこんな状態が続いていたのだとしたら、体はかなり危険な状態だったに違いない。

高山病をナメてかかると、まじで死んでしまうのが分かる気がした。


自分で動きたくないのだが下には降りたい。濃い空気が欲しい。
頭が痛いまま、支度して、早々に出発する。


キボキャンプからの帰りは緩やかに下るだけだから、疲労しているのを除けば、楽な道中である。


ぐんぐん高度が下がっていく。
空気が濃くなるのが分かり、体が楽になってきた。
高山病は下山すればウソのように治るのだ。


体が楽になるにつれ、スピードも上がっていく。

午後は相変わらず天候は不安定。ところどころ黄色い花が。

途中、天候の移り変わりが相変わらず激しかったが、
困難もなく、2日目に泊まったホロンボ・キャンプサイトに到着。
下りは、あっという間だ。


ほとんど体調は回復した。
今朝は5700mで、今は3700m
一気に2000m下ると空気の濃度は相当違う。
高度は富士山と同じなのだが明らかに順応している。
今なら富士登山も大丈夫だろうw

昨夜に比べれば、体調は天国と地獄である。


ご飯もおいしいし、会話もはずむ。
苦しみが強烈だったので、なおさら気分も開放される。
キリマンジャロ登山は素晴らしい、と心底思えてきた。

体が楽になると見方もコロッと変わるものだ。






5日目

清々しい朝だ。
ゲートに向かうため、ホロンボ・サイトに別れを告げる。

澄んだキリマンジャロ


 後ろを見れば、超快晴に雪化粧のキリマンジャロが映える。

 まったくもって、朝だけはいつも恐ろしいくらいの快晴である。



下山はひたすらぶっ飛ばす。

隙間から雨がボタボタ落ちてくる
2日目に雨宿りをした橋があった。

大雨で、橋の近くにおもしろい形のサボテンが生えていたことに気づかなかった。




ますます下る。

青雲♪

雲海を見ながらの下山は気持ちよすぎる。開放感でウキウキし、鼻歌がついつい出る♪

やっぱり、「青雲〜それは〜♪」と思わず口ずさまずにはいられないw

脚は疲労が溜まっているが、空気が濃くなるのと、おまけに快晴とくれば、体は楽なものだ。




ありがとうキリマンジャロ

メインガイドとサブガイドの後方にはキボ峰とマゥエンジ峰。
 今は、どちらがキボ峰かは分かるwww





ぐんぐん下り、昼前に無事ゲートに到着した。

最後の受付を済ませ、無事登山終了。


受付横にあった上空からのキボハットの写真。
巨大なカルデラなのが分かる。

ギルマンズポイントからウフルピークまでは高低差200mなのに1時間から2時間かかるのは、この「お鉢廻り」で水平距離が増えるからだ。

ここまで登ったのだと思うと、感慨もひとしお。
自然はデカい、人間はちっぽけなものだ


こうして、3人のキリマンジャロ登山は終わった。
最高部までは、O氏のみしか辿り着けなかったが、約5700mのギルマンズポイントまでは3人とも「いただ」いた。
その晩の、勝利?のビールは格別だったブラボー!

あの苦しみは、もう2度と味わいたくないが、かえってそれが思い出深い大満足な登山になったのである。



上手い具合に、帰りの飛行機内からキリマンジャロが見えた。

まさか飛行機から見えるとは

  雲より遥か上、あんなところにまで登ったのだ。(左がキボ、右がマゥエンジ)

  余韻はなかなか冷めない。



  ありがとうキリマンジャロ

     人生に一度はキリマンジャロ

        でも、一生に一回で十分でしょう