2012年 明日香文明会長のお言葉

2011年のお言葉へ

1月
どんなときでも 自分が自分らしくあるために 「走ることが大好き 走ることは自分の人生」 と心に誓おう たとえ自分が何かに傷つき 人生の行き先に闇が訪れようとも 「走るために もっと元気よく生き抜くんだ」 と心を奮い立たせよう 走ることから人生の幸せを勝ち取ろう 
2月
2004年アテネ五輪金メダルの野口みずき(33)=シスメックスが4年ぶりに大阪国際女子M復帰を高らかに宣言していたが、ドタキャンになった。3月の名古屋に出場してロンドン五輪代表を狙うがそのまま引退に追い込まれるとの見方が強い。08年の北京五輪代表に選ばれながら、左足故障の為に欠場、がっかりさせたが、五輪代表をめざして、すさまじい努力してきたから気の毒だ。
この分野にいい医者がいるようだ。社会保険京都病院のスポーツ整形専門医の原邦夫先生。座骨結節部の半腱様腱の部分断裂と診断。 本来治療には手術を必要とするが、手術を回避し、、左太ももや臀部の強化を図った。
故障者の苦しみは、完璧に治りきらないのにがまんしきれずに練習を再開し、また痛める。 そして、これを繰り返す。
10年に駅伝復帰後に左足首の骨折もあった。29日の大阪出場のために、真冬の米コロラド州ボルダーで、高地トレ、寒中激しいテレをおこなったが、帰国の機中でジンジンと左足が付け根からいたみだした。
深傷めを繰り返すと老後は障害者、早目に頭を切り替え市民ランナーとしてランニングを楽しむ道を歩んでほしい。
 
3月 ロンドン五輪行きが確実になったのが、先月26日の東京Mで2:07:48で2位なった藤原新。
スペシャルドリンクを2度も取り損なって2:12:51の14位に終わった市民ランナーの川内優輝と共に、ハングリー精神で戦うアスリートだ。
駅伝が重要視される実業団をきらって、JR東日本を退社して無職、家族を富山に残して、東京に一人住まい、貯金をきりくずし、妻からの送金を頼りにマラソンの練習に打ち込む。
たいがいは一人練習、専属コーチもいない。 東京Mの賞金400万円は、しばらく生活できる額なのでよほど嬉しかっただろう。
川内は定時制高校の職員で、実業団とは無縁の市民ランナーだが、子供時代から母親から常に前の日よりも1秒でも速く走れるようにと根性を鍛えられて育った。 子供時代に培ったど根性が本能のように働いてレースに発揮される。 
現代の若者は、豊かで恵まれた環境の中で育まれ、少子化の中で大切にされてる。ハングリー精神を求めるほうが無理だ。 その点、藤原、川内は例外ともいえる貴重な存在。 五輪の主力はアフリカ勢、ハングリーに徹したアフリカ勢と戦う五輪の代表にハングリーな二人を是非選んでほしい。
4月
男子Mで、五輪を目指して頑張っていた選手が選考レースで自分のスペシャルドリンクを取り損ねて、レースに敗北することが目立った。
取り損ねる理由は、男子Mがアフリカ勢により、引っ張られる超スピードレースであり、すごい速さで給水地点を通過すること、集団を形成する時間が結構長いこと、女子マラソン選手のように、カラフルに目立たせる工夫や大きな取っ手を付けることが少ないからだと思われる。
 取り損ねが、影響するのは、自分の体質、体調を考慮して最も自分に合うように、作りあげた「神の水」であり、「命の水」でもあるからだ。 アミノ酸、クエン酸、ブドウ糖、果糖を電解質ミネラルの豊富なスポーツドリンクで薄めた絶妙の配合を、レース経験を生かして作りあげている。
これを摂り損ねると、どれだけ精神的にダメージが大きいか、よく理解できる。発汗で塩分が失われると脱水症状「低ナトリウム症」になり、疲労、けいれん、失神、熱中症を起こす。水だけを飲んでもダメ。汗と共に塩分がでるのに、水を飲むと体内の塩分が薄められ、やはり「低ナトリウム症」になり危険だ。 レース後半に失速する選手を給水の仕方から見るのも勉強になる。
5月 猫ひろし(34)がカンボジア国籍を取得し、ロンドン五輪に出場することになったとのニュースは話題をよんだ。これには巧妙な裏がある。カンボジアは二重国籍を認めているので日本人でありながら、カンボジア人であることができるのだ。 しかし日本は二重国籍を認めない国だから、2年以内に国籍の選択をしてどちらの国にするか決めなければならない。 この2年がロンドン五輪後になるようにすれば、国籍を捨てずにカンボジア代表として五輪出場出来るという、ずる賢いやり方が成り立つ。 中東諸国がオイルマネーを使ってアフリカの有力選手を国籍変更させて、五輪に出場させメダルを取ろうとする企みも問題になっている。 そこで国際陸連では、国籍取得後1年が経過していない場合は、連続して1年以上の居住実績を必要とするか、国際陸連理事会の特例承認を必要とするように規定を改正した。 猫ひろしの場合は、日本での芸能活動しているから連続した居住実績を問われると難しい問題となる。 しかし彼の場合は、マネーで買われてないから、中東諸国の例よりもましな方かも知れない。
6月
ロンドン五輪のカウントダウンが進み気分が盛り上がりつつある。注目のマラソンは女子が大会中盤の8月5日、男子は最終日の12日に実施される。男女とも午前11時のスタート、日本時間で午後7時だからゴールデンタイムで視聴率の高いものになるだろう。ただ、男子は圧倒的にアフリカ勢が強く、女子も外国選手がやはり強い。前回の北京では暑さと大気汚染の問題があり早朝のスタート時間となったが、ロンドンはそんな心配がなく、運営やテレビ放送の都合を配慮して決まった。 コースもユニークだ。 まずバッキンダム宮殿前のMallと呼ばれる大通りを起点ととする小ループ(3.571km)を1周した後、トラファルガー広場、ビッグベン、ウェストミンスター寺院、セントポール寺院、ロンドン塔などの名所を網羅する大ループ(12.875km)を3周する。平坦ではあるが、狭い通り、直角ターン、凸凹感のある石畳があり、選手を悩ませる。名所巡りを楽しみながらTV中継を楽しみにしたい。
 
7月
いよいよロンドン五輪、圧巻は陸上競技だが、ランナーはマラソンをゴールデンタイムに楽しもう!
マラソンは、紀元前490年に、ギリシア軍の兵士が、戦いの勝利をアテネに伝えるために疾走、「勝利はわが手にあり」と叫んで息絶えたという故事にゆらいする。 第一回五輪のギリシア大会ではマラトン古戦場からアテネ競技場までだったが、実際には36.75kmしかなかったようだ。 マラソンの距離が初めて42.195kmとなったのは、第四回のロンドン大会。 予定では26マイル(41.84284km)で、ウインザー宮殿からシェファードブッシュ競技場までだったのが、当時の女王アレキサンドラのスタートとゴールを見たいとのわがままで、スタート地点を宮殿の庭に、ゴール地点を競技場のロイヤルボックスの前に設定した。 このために385ヤード延びて42.195kmになった。正式に距離を42.195kmと決定したのは、1924年の第八回パリ大会からで、それまでは40km位あれば適当にOKだった。
 
8月 ロンドン五輪では男女のマラソンが特に楽しみだが、42.195kmの計測はどのような方法で行われるのだろうか。 国際大会では、国際陸連公認資格の計測員3名が、公式計測カウンター付き自転車で道路の縁から30cmの位置での距離を計測し、平均値で距離を決定する。
ここで更に大切な規定がある。
@ 競技距離(42.195km)より短いのはダメ。誤差は距離の1000分の1以下(42cm以下)
A 競技距離の測定に当たっては1001mをもって1000mすなわち1kmとする。競技距離が短いものを確実に避けるため。
Bスタート地点からゴール地点までの標高の減少は競技距離の1000分の1以下(42m以下)で、全体が下り坂基調のコースを避けるため。
C スタート地点とゴール地点との距離は直線で競技距離の2分の1以下。一本道の追い風コースにしない為。ボストンMはCに抵触。世界最高記録の認定対象外。
9月
8月25日から4泊5日で北海道礼文島・利尻島を旅行した。子や孫まで連れていったので、0歳児を含めると、何と9名の大旅行となった。
北緯45度に位置する礼文島へは稚内から約50km、フェリーで約2時間、山に高木がなく、島全体でも人口2900人、西海岸には道路もほとんどない。山には秋の高山植物や、紫の花はきれいだが猛毒をもつトリカブトが咲き乱れている。立派なホテルある香深から東海岸を北上して、利尻島にそびえる利尻富士(1721m)を眺めながらジョギング、30分も北に岬を幾つか過ぎて行くと家もなくなり心侘びしさを感じた。 ホテルのおかみの話では、5月から9月末までの営業で10月から翌年4月末までは閉館、その間は魚屋、ガソリンスタンドをやっている。 部屋係りのお姉さんも熊本から派遣社員で来ているので、10月初めには帰郷する。みんな懸命に頑張ってるんだ。利尻島は、礼文島の南に位置し、島を一周する道路があり山に高木もあり、人口5400人と多い。
礼文島では生うに、特にシーズン終了間際の柿色のバフンうにをたらふく食べた。本場でも値は張るがうまい。
10月 10月からは、マラソンシーズンが始まる。アスリート達にには鍛え時となる。冬場に入ると、マラソンレースが毎週のようにテレビ中継される。
国際大会では、今後アフリカ勢の進出が一段と進むからもはや男女ともに、日本勢が優勝を狙える時代は終わってしまった。しかし、ここで日本勢に合ったペースで走る日本人のペースメーカーを使って日本勢を強化し何とか巻き返しをはかる試みが増えてくるだろう。
これ迄は走力に優れたアフリカ人をペースメーカーにすることが多かったが、体力に余裕がありすぎるせいか最初の5kmから設定していたタイムより速く走ってしまうので、日本人選手は早めに落ちてトップを走れない。
福岡Mではペースメーカーが暴走することもあったし、別府大分Mでは最初の5kmから設定していたタイムより20秒も速く走ったりした。 日本勢をトップで走らせるためには、1kmごとにペースを確認して、日本人選手が安心してペースメーカーについて行けるようにするしかないのだ。
その為にはコースをよく知り、そのコースで練習を積んだ日本人をペースメーカーに仕立て上げることなのだ。
11月 東京マラソンでは、参加申し込みが応募定員の10倍を超える30万4千人となった。
10人中9人が走れないことから、チャリティー枠があり、10万円以上を寄付すれば必ず参加できる。 2011年には707人が総額で7325万円を寄付したから10万円を超える寄付をした人もかなりいたことになる。東京マラソンの良い点は、家族(難病)、未来(環境)、命(途上国)、夢(障碍者)、暮らし(安全・安心)をテーマに、各団体を協力団体に設定、ランナーが選択して寄付できる、本来のチャリティーのあり方を採用を採用しているところにある。 来年3月の京都マラソンが、これを真似てチャリティー枠を設けた。マラソン10万円以上、ペア駅伝(1区24km2区18km)20万円以上。ところがチャリティー名目の寄付金を全額大会運営費に使うことがわかり、市議会で大問題になった。そこで「市スポーツ振興サポートランナー枠」に変更することにした。しかしこんないい加減寄付金にランナーは協力しないほうがよい。もう少し追加してホノルルマラソンでも出た方がよっぽど賢いやり方だ。 案の定480人枠に対して32名の応募に留まっている。柳の下に、いつもドジョウがいるとおもっていても、そうはいかないようだ。
12月
東京・大阪・京都・神戸と大都市マラソンが盛んだが、所詮は国内で市民ランナーに注目される程度だった。この度、東京Mが世界のランナーが憧れる大会への脱皮を目指してWMM(ワールドマラソンメジャーズ)に加盟した。ロードレースで最上位の「ゴールドラベル」の認定を国際陸連から受けていた東京Mも外国人ランナーは3千人に達しない、世界的にはマイナーだった。WMMでは、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク、東京Mがポイントの対象レースになる。WMMでは、これらの大会と五輪、世界選手権を対象に、1位25点、2位15点、3位10点、4位5点、5位1点のポイントの対象となり、奇数年、偶数年の2年の最高点の男女の総合優勝者に50万ドル(4000万円)が贈られる。世界のトップランナーは年間1〜2レースしか出場しないから、大会参加をめぐって激しい争奪戦があった。WMM加盟で超一流ランナーの参加が見込める。レースの中継による放映権収入が見込める。
大企業をスポンサーに呼び込み収入増しが見込めるのだ

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