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田村隆一詩集『四千の日と夜』

黄金幻想

 すべて裸体の思想というものを彼は恐れていた 美しいものは必ず人間を殺す それが彼の口癖だった

 もう眼で見ているのではない 手で描こうとしているのでもないのだ 白昼 この都会で 一九四七年秋 私は目撃した 白蟻の胸に誰かが黄金の書体で刻む論理的死の証明について

 なにも悲しいわけではないのだが なぜか眼をうるませて彼は立ち止ってしまう そして黙ったまま彼はぼんやりと私の方を見ているのだ

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