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田村隆一詩集『四千の日と夜』

イメジ

死の滴り、
この鳶色の都会の、
雨の中のねじれた腸の群れ、
黒い蝙蝠傘の、死滅した経験の流れ。

 その男は、わたしの父ではない、それに、わたしの孤独な友人だというわけでもない。ただわたしは、彼と同じ存在であり、経験であり、また共同のイメジをもつものにすぎない。そして、わたしは彼のように、第一の大戦のとき生れ、第二の大戦できっと死んでしまったのだ。
 椅子が倒れるように倒れる! それがわたしの古いイメジであり、泥の中にある眼が夢みた死への希望だった。

 えぐられた眼、ひびわれたその額、髪の毛のにぶい光り、それに、海と暴風雨と大きな幻影に濡れた黒い衣服から、あの難破人の、静かな叫喚を、烈しい詠唱をひびかせて、週末の夜の、秋から冬にかけて流れる霧の中から彼が現われてくるとき、わたしは叫ばずにはいられない、「きみはどこから来たのか!」

わたしは犬のように舌を垂らしている。

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