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田村隆一詩集『四千の日と夜』
車輪 その断片
そこで顫えているものはなにか
*
地の上に顔をふせて
耳を掩っているものはなにか
一羽の小鳥が寒冷の時のなかにとまり
地上にちいさな影を落した
日没の時
人は黙って歩いた
人は黙って歩いた
叫ぶことがあまりにも多かったから
どこまで行くんだね
ああ ああ と眼のない男が吐息をもらした
どこから来たんだね
ああ ああ ああ と耳のない女が鳴いた
痩せ犬のメリイがこどもを産んだ
七匹の皮膚の下に また
ちいさな闇が生れた
枯草のなかでみつけたものは
水死人があがった
枯草のなかでみつけたものは
人が集ってきた
鐘が鳴った
もう 死は
誰のものかわからなかった
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