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田村隆一詩集『四千の日と夜』

にぶい心

ぼくの知っている子供といえば
下町の死んだ子供たちだけだ

空から落ちてきたとしか思えない
あかさびた非常梯子をよじのぼり

つめたい電線より高いところが
きみの最初の隠れ家だ
    ぼくを呼んだのは?
    きみの仲間だよ

    二度目に呼ぶのは?
    きみの妹さ

    三度目に呼ぶのは?
    おかあさんかな

    四度目は?
    コンクリートにふる雨だよ

    五度目は?
    黒い蝙蝠傘をさした人だよ

    六度目?
    その人の疲れた心だよ

    七度目?
    世界のおおきな嘆息だよ

    八度目?
    さあ下りたまえ! ぼくは忙しいんだ

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