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田村隆一詩集『四千の日と夜』

立棺

1

わたしの屍体に手を触れるな
おまえたちの手は
「死」に触れることができない
わたしの屍体は
群衆のなかにまじえて
雨にうたせよ
    われわれには手がない
    われわれには死に触れるべき手がない
わたしは都会の窓を知っている
わたしはあの誰もいない窓を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは部屋にいたためしがない
結婚も仕事も
情熱も眠りも そして死でさえも
おまえたちの部屋から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ
    われわれには職がない
    われわれには死に触れるべき職がない
わたしは都会の雨を知っている
わたしはあの蝙蝠傘の群れを知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは屋根の下にいたためしがない
価値も信仰も
革命も希望も また生でさえも
おまえたちの屋根の下から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ
    われわれには職がない
    われわれには生に触れるべき職がない
2

わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことができない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ
    地上にはわれわれの墓がない
    地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない
わたしは地上の死を知っている
わたしは地上の死の意味を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
河を流れて行く小娘の屍骸
射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
おまえたちの地上から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ
    地上にはわれわれの国がない
    地上にはわれわれの死に価いする国がない
わたしは地上の価値を知っている
わたしは地上の失われた価値を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがない
未来の時まで刈りとられた麦
罠にかけられた獣たち またちいさな姉妹が
おまえたちの生から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ
    地上にはわれわれの国がない
    地上にはわれわれの生に価いする国がない
3

わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ
    われわれには火がない
    われわれには屍体を焼くべき火がない

わたしはおまえたちの文明を知っている
わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
どの家へ行ってみても
おまえたちは家族とともにいたためしがない
父の一滴の涙も
母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
おまえたちの家から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ
    われわれには愛がない
    われわれには病める者の愛だけしかない
わたしはおまえたちの病室を知っている
わたしはベッドからベッドヘつづくおまえたちの夢を知っている
どの病室へ行ってみても
おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
ベッドから垂れさがる手
大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
おまえたちの病室から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ
    われわれには毒がない
    われわれにはわれわれを癒すべき毒がない

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