▲contents
田村隆一詩集『緑の思想』

秋津

おれの耳のなかで
歯科医の機械針が電気ドリルのような
ひびきをたてた
あたらしい屍体をうずめるために
凍てついた土を掘りおこしているのだ

突然 おれは目まいにおそわれる
まるでウイリアム・アイリッシュの探偵小説に
出てくるような
すごく荒涼とした高架鉄道のプラットフォームから
何千何百という黒い鳥が
おれのレインコートのように落ちてゆく

そういえば
おれはどこにいても高さを感じたっけ
一篇の詩を書くだけで
おれは高所恐怖にかかるのだ

眼がさめたのは秋津
池袋西武線の秋津
まっ赤な冬の陽がいまにも地平線にしずみそうな
武蔵野の小駅で
おれははじめて魂の色を見た

previousheadnext
Copyright(c)1996.09.20,TK Institute of Anthropology,All rights reserved