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田村隆一詩集『新年の手紙』
空耳
幼年期は海のなかにある
触覚と嗅覚が海の神話をつくる
少年期は裸足で海へ行く道を発見する
微風と太陽がかれに耳と眼をあたえる
青年の耳は沖の彼方の声をきく
眼はその意味をたちまち解読する
わたしは四十八歳 権利金と敷金を払って
海の近くに小さな家を借りたのだが
わたしの耳は海の音をきかない
わたしの眼は水平線を見ない
あの難破人の声をきいた青年時のわたしの耳は
空耳だったのか 偏見と誤読によって
光りを発見する
あの詩の一行も
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