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田村隆一詩集『死語』

逆噴水

それから 無数の おびただしい
都市が燃えだした
情報 通信 暗号が燃えだした そして資本
港湾 終着駅 都市の中枢部 強制収容所 市場 株式取引所
都市から町へ 町から村落へ 寺院へ
そして人間へ 人間の暗黒部へ おお そして
とっておきのコミュニィティへ
マドリッド ナンキン シャンハイ アジスアベバ ロンドン カイロ スターリングラード オアフ島 ベルリン ローマ トーキョー
パリだって燃えていたのだ パリ燃ゆ
マニラ燃ゆ シンガポール燃ゆ 燃えなかったのは
ヒロシマとナガサキだけだ 広島 長崎
地中海 南太平洋 北大西洋は燃えに燃えた 燃えた北アフリカから東南アジアまで 燃えた

古代土人語から中世 近代土人語まで その頭脳に憂鬱の多元的な変化をつめこんで
トリトンの噴水について J・Nは
書いている  
    「汝、古典の優秀なる科学よ。無限に愛さる野原よ。幸福ある坂よ。彼もドルベンも亦汝から吹く微風を感ずる。華麗なる彼等が魂に喜びと青年とに香ばしき第二の春を柔かき胸をもつて裂き岸に鳴くアフリカの羽を驚かす彼等は、ホールに行き蝋燭の如き肖像画を見る。伊太利亜の地図を色鉛筆をもつて色どりたるホラチユウスの死骸は香料とペパと愚鈍なる紙葉に包まれたるものを売る町へ運べ。悲しみは速かに去り幸福はあまりに早く来る。詩の本質は修辞学の影にすぎない。へリコン。岩に泉にポプラの葉に我が天主の善をうたへ。人間の円錐筒に美しくうたへ。天主の美しき眼は我が意識を羅馬の噴水に変化せしめるか。」
そして
ぼくは「ぼく」のなかで燃えつきる
悲しみはすみやかに去り
幸福はあまりに早く来すぎる

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