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田村隆一詩集『死語』

食堂車にて

「クレイジー・ハウス!」
中年のウエイターが車窓を過ぎる建物に
指をさす
ぼくは二日酔で
大西洋のエビとヒラメをさかなに
金色のウイスキーを飲みつづけている
「クレイジー・ハウス?」
ぼくはおなじテーブルの作家夫妻の顔を見た
「きっと精神病院のことよ」
夫人が白い歯をみせて築った

金色のウイスキーは
前夜のネブラスカあたりからはじまって
正午の
獣皮と銃油の匂いがたちこめている
シャイアンをすぎ
鳥も
小動物もいない
木も
草もない
地球の表皮のようなロッキー山脈をかけめぐり

やっと「グリーン・リバー」という小さな町にさしかかったら
その小さな町は死んでいるのだ ただひとり
上半身はだかの青年がツルハシをふるって
三階建ての廃屋を壊している
あの灰色の家を壊しおわるまで
いったい何年かかるというのだ?
犬もいない
死んでいる小さな町をすぎたら
塩の湖と
砂漠だ

その夜は
列車のなかの三軒の酒場を飲みあるいた
作家夫妻はコンパートメントに閉じこもってしまったから
ぼくひとりだけ
まるでさっきの上半身はだかの青年のように
金色のツルハシをふるいつづけながら
アメリカ語とスペイン語と
葉巻と香水が渦をまいている
薄暗い酒場を飲みあるいたのさ
死んでしまった小きな町
混濁している「グリーン・リバー」
ぼくは
ぼくの独房にたどりつくまで金色のツルハシをふるいつづけ

真夜中にラスベガスに停ったのは憶えている
ぼくは独房の小さな窓から
歓びのない性と情熱のない罪を黒いトランクにいっぱい詰めこんで
肥った人間たちが降りて行くのを見送って

「クレイジー・ハウス!」
清潔な白い布のテーブルには
金色のウイスキー

シカゴ発ロサンジェルス行大陸横断鉄道は
すでに太平洋岸に入っている

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