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田村隆一詩集『死語』

白い紙

もうこれまでに
いったい なんど白い紙に
ぼくは署名してきたのだ?

鉛筆
クレイヨン
Gペン万年筆シャープペンシル

生れてはじめて
筆と硯を買ってもらったのは
雪の日だった

たぶん
昭和四年あたり
祖母に送られて

ぼくは仰高西尋常小学校までの道を
歩いて行く
雪と泥で

道はぬかっていて
以来
署名してきたのさ なんども

何千何万と署名してきたのさ
画用紙の裏
答案用紙

はがき
手紙
夏の日記帳

商業英作文
軍事的ノート
極秘電文

むろん
領収書借用書利息計算書トラベラー・チェック
祝儀不祝儀

そして ちいさなもの あのちいさな白い紙
言語の細い線 暗い海狭 一篇の詩のそのすぐ
あとに

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