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田村隆一詩集『死語』

暗闇の中の集団

正午
ぼくはジャムナ河とガンジス河の
合流点に出た
巨大な河床が砂漠のような地模様をつくりながら
古い城壁まで
はてしなくつづいている
痩せた犬と土でできている人間が
原色の布にくるまってうごめいている
人間がうごめいているのではない
土がうごめいているのだ
ジャムナ河は暗緑色
ガンジス河は褐色
そして二つの大河が合流すると
河は聖なる腐敗色に変る
土は不定形となる
うごめいている土には
わずかに諸器官が残っていて
手も足も燃えつきてしまってはいるが
嗅覚と触覚と聴覚と味覚は
地中のバクテリアによってかろうじて養われている
土の色はきわだって赤い
その赤い土には真紅の布が頭からおおいかぶさっていて
小さな顔の部分だけが
わずかに空気にさらされている
盲目の少女
その土は少女の形をしていて
唇のようなものがたえまなく開閉しながら
リズムのないリズム
意味のない意味
政治的危機の情報からも
宗教的陰極の感情の喚起からも
もっとも遠い通信音を発信しつづけている

 その数日後 ぼくは飛行機の窓から 太陽に焼かれつつあるジャムナとガンジスの合流点を偵察する 二つの河が合流する瞬間 通信音は途切れて ぼくはまぎれもなく白熱にかがやく 暗闇の中の集団に帰って行く

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