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田村隆一詩集『死語』

ふたたび細い線について

ぼくの夢のなかでは
太陽は
たえず頭上にあって
暗黒の円環をひろげつづける
三十年まえの
夏の日の
正午から
ぼくの不可解な夢
暗黒と太陽の
奇妙な円環運動の夢がつづいている

そして
夢の終末には
きまって垂直の細い線が
円環を分割する
夢からさめると
その細い線は
昭和二十年八月十五日の
正午の
若狭の
小さな禅寺から
稲村ヶ崎五ノ三八ノ一八の
ぼくの家の
小さな庭までつづいていて

ぼくの足は
その細い線を
越えたのか
越えなかったのか

越えなかったのか
越えたのか

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