【なぜPPアンプが必要か】 STAXのイヤースピーカーは、発音体となるごく薄い振動膜の両側に信号電圧のかかる固定電極を置いたサンドイッチ構造になっており、振動膜には常にプラスの電荷が加えられています(下画像)。二つの固定電極へお互いに逆位相の信号電圧が入ったときに最適動作するようになっており、一方の固定電極にプラスの信号が、もう一方にマイナスの信号が入力されると、プラス同士は反発、プラスとマイナスは引き合って振動膜を前後に動かし、空気の振動(音波)として耳に伝えます。 これはプッシュプル動作そのものですので、アンプもプッシュプルアンプでないといささか具合が悪いことになります。もちろん、シングルアンプでも音は出ますが、その場合は一方の固定電極は常にゼロ電荷(GND)となるので振動膜の動きが悪くなり、音量や音質などの低下は避けられないでしょう。
【回路図】 我が家の常用機、45差動PPアンプにイヤースピーカーをダイレクト接続できるようにしてみました。回路図の赤線が追加工事部分で、元々の回路には手を加えてません。 追加回路は極めてシンプルで、出力トランス1次巻き線の両端から0.1uFを介して信号電圧を取り出すだけ。プロバイアス用のDC580Vはコッククロフト・ウォルトン回路方式でひねり出しますが、幸いなことに電源トランス(ノグチPMC170M)のB電源用巻き線には70V端子があり、そのピーク値を同方式で6倍にします。理論上はプロバイアス用より高めの594V程が生じることになるのですが、この方式は重ねる段数が増えるほど出力電圧が下がるので、実際には560V台のほどよい電圧が得られます。
使用したパーツは下画像のものですべて。STAX専用ソケットは市販されてませんが、STAX公式サイトから問い合わせれば、有償で入手は可能です(但しプロバイアス用2個、ノーマルバイアス用2個まで)。 追加工事なので適当な空き地が見つからず、コッククロフト・ウォルトン回路基板はシャーシ側板にくっつけてあります。 【基本特性】 ・最大出力 = 196Vrms(歪み率5%) ・増幅度 = 318倍(50dB) ・負帰還量 = 7.8dB ・周波数特性 = グラフ参照 ・歪み率 = グラフ参照
【外付け型の製作】 上記のようなアンプ内部組み込み型は取り回しこそ楽ですが、アンプが複数台ある場合は全部を改造せねばならず、面倒くさいです。そこで、複数台で共有できる外付け型も作ってみました。プロバイアス用電源部やイヤースピーカーソケットをアンプ本体から独立させ、聴きたいアンプの出力管プレートにミノムシクリップで信号入力ラインを接続する方式です。
信号電圧の取り込みは、先端にミノムシクリップを付けた600V耐圧のコードでアンプ出力管ソケットのプレートピンもしくは出力トランス1次側端子から。取り付けにはシャーシや他の金属部分とのショートが無いかどうか細心の注意が必要ですが、半田付けだと取り外しや再取り付けに手間がかかるのでやむを得ません。信号レベルがうんと高いのでノイズの影響はほとんど受けないと思われますが、念のため信号ライン(赤、黄)にアースライン(黒)を巻きつけて簡単なシールドを施してます。 基板配置は下図のとおりです。
【使用上の留意点】 今回の改造は1台の既存アンプで普通のスピーカー、ダイナミック型ヘッドホン、コンデンサ型ヘッドホンを使おうという欲っとしい発想の産物なので、使用の際に若干ですが注意点があります。 ①コンデンサ型ヘッドホンで聴く時は、アンプのスピーカー端子からスピーカーへのコードを外すか、あるいは何も繋いでいないヘッドホンプラグ(プラグ単体の状態)をダイナミック型ヘッドホン用のヘッドホンジャックに差し込んで下さい。さもないと、スピーカーとコンデンサ型ヘッドホンの両方から音が出てしまいます。なお、スピーカーへのコードを外した使い方の際には、アンプの適正動作を担保するためスピーカー端子に8Ωなら8Ωのダミー抵抗を付けて下さい。 ②普通のスピーカー、ダイナミック型ヘッドホンで聴く時には、アンプの適正動作を担保するためコンデンサ型ヘッドホンを専用ソケットから抜いて下さい。 【雑感など】 内部取り付け型と外付け型で特性上の差は認められず、ハム・ノイズも元のアンプがダイナミック型ヘッドホンで聞き取れるほども出していない限りは感じられませんので、もし参考にされる場合は使い方やアンプ内の空きスペースなどに合わせて選んで下さい。なお、外付け型の接続にはアンプ側の工作手間を省こうとミノムシクリップを使いましたが、アンプ側にテストピンジャックを取り付け、ミノムシクリップの代わりにテストピンで抜き差しした方が心理的にも安心です。
それはともかくとして、昇圧トランスを使うSRDシリーズ・アダプタと比べ、音がすっきりして全体の透明感も高まるので微弱音もよく聞き取れるな、という印象です。音質についてはアンプ次第のうえ、好みも人それぞれなのでここで評価はしませんが、出力トランスを介さないだけに、アンプ(特に出力管)のキャラクターが大きく影響することを実感した次第です。 (2018.03.31) ◆トップページに戻る |