普通のアンプでSTAXイヤースピーカーを楽しむ方法 その②
                     ~ 真空管PPパワーアンプをちょこっと改造する ~








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       内部組み込み型
 





         外付け型

 ヘッドホンには大雑把に言ってダイナミック型とコンデンサ型という、音を出すための仕組みが全く違う二つの流れがあります。両者の音の違いはともかくとして、圧倒的に数が多いのはSONY、SENNHESER、AKGといったお馴染みのダイナミック型で、STAXを中心としたコンデンサ型は根強いファンに支えられてはいるものの、商業的には超マイナーな存在なので、そんなものがあること自体をご存知ない方も結構多いみたいですね。

 近年、ダイナミック型ヘッドホンの音質向上には目を見張るものがありますが、それでもまだまだ多くの点でコンデンサ型ヘッドホンの域には達していないな、というのが私の印象(もちろん主観)です。では、音質のより優れた方がなぜ絶対少数派なのかというと、やっぱりお値段の問題でしょう。

 STAXがイヤースピーカーと呼んでいるコンデンサ型ヘッドホンだけなら4万円(希望小売価格)からありますが、その構造上、普通のアンプで鳴らすことはできず、専用の高電圧出力アンプが必要です。従って、STAXの入門機セットですら67500円也(同)となってしまい、ダイナミック型ヘッドホンなら2万円弱でそこそこの音を出すものがゴロゴロしてますから、こりゃあ「むべなるかな」でしょうね。

 でも、お財布への負担を最小限に抑えながら、手持ちのアンプなどで手軽にコンデンサ型ヘッドホンの音色を楽しむ方法が三つあります。①STAXが昔に販売していたトランス昇圧式のアダプタを入手して部分改造する②手持ちのパワーアンプをイヤースピーカー対応に改造する③一から設計して自作する。

 ①についてはSRD-7アダプタのプロバイアス改造で予想以上の好結果が得られています。今回は引き続き、②の真空管パワーアンプからダイレクトにイヤースピーカーも鳴らせるよう手を加えてみました。簡単な追加工作だけで、アダプタ方式から一皮むけた音色が楽しめます。

【STAXの専用アンプって?】

 STAXのイヤースピーカー(コンデンサ型ヘッドホン)を鳴らす専用アンプ(ドライバーユニット)って一体、どんな回路が使われているんでしょうか? 残念ながらSTAXからは1960年代のごくごく一部の機種を除いて、回路図が公開されていません。下図はその一例で、左側(アンプ回路図A)は専用アンプを自作する場合の参考として紹介されたもの、右側は商品化されたSRA-3Sの回路図です。

 普通のプッシュプル・パワーアンプの電力増幅管を電圧増幅管に、トランス負荷を抵抗負荷に置き換えたようなものとも言えますし、ドライバ段までを切り取って強力化したようなものとも言えます。現行のドライバーユニットは±両電源でDCアンプ化したりバランス化したりともっと回路が複雑ですが、300V以上という高い信号電圧をプッシュプル構成で発生させるという基本動作は同じです。

 ということは、SRD-7など専用アダプタのようにパワーアンプ出力トランスの2次側8Ω端子からもう一度トランスをくぐらして昇圧するという回りくどいことをしなくても、真空管式プッシュプル・パワーアンプの出力トランス1次側に生じる高電圧信号を直接イヤースピーカーに送り込んでやれば、より良質な音が得られるのではないかと思えます。







 

【なぜPPアンプが必要か】

 
STAXのイヤースピーカーは、発音体となるごく薄い振動膜の両側に信号電圧のかかる固定電極を置いたサンドイッチ構造になっており、振動膜には常にプラスの電荷が加えられています(下画像)。二つの固定電極へお互いに逆位相の信号電圧が入ったときに最適動作するようになっており、一方の固定電極にプラスの信号が、もう一方にマイナスの信号が入力されると、プラス同士は反発、プラスとマイナスは引き合って振動膜を前後に動かし、空気の振動(音波)として耳に伝えます。

 これはプッシュプル動作そのものですので、アンプもプッシュプルアンプでないといささか具合が悪いことになります。もちろん、シングルアンプでも音は出ますが、その場合は一方の固定電極は常にゼロ電荷(GND)となるので振動膜の動きが悪くなり、音量や音質などの低下は避けられないでしょう。

 

  ※ STAXのカタログを一部改変


【回路図】

 我が家の常用機、45差動PPアンプにイヤースピーカーをダイレクト接続できるようにしてみました。回路図の赤線が追加工事部分で、元々の回路には手を加えてません。

 追加回路は極めてシンプルで、出力トランス1次巻き線の両端から0.1uFを介して信号電圧を取り出すだけ。プロバイアス用のDC580Vはコッククロフト・ウォルトン回路方式でひねり出しますが、幸いなことに電源トランス(ノグチPMC170M)のB電源用巻き線には70V端子があり、そのピーク値を同方式で6倍にします。理論上はプロバイアス用より高めの594V程が生じることになるのですが、この方式は重ねる段数が増えるほど出力電圧が下がるので、実際には560V台のほどよい電圧が得られます。

 
 

  電源トランスに適当な巻き線がない場合は、小型の100V:100V絶縁トランスを利用することになります。  


 使用したパーツは下画像のものですべて。STAX専用ソケットは市販されてませんが、STAX公式サイトから問い合わせれば、有償で入手は可能です(但しプロバイアス用2個、ノーマルバイアス用2個まで)。

 追加工事なので適当な空き地が見つからず、コッククロフト・ウォルトン回路基板はシャーシ側板にくっつけてあります。

   

【基本特性】

 ・最大出力 =  196Vrms(歪み率5%)
 ・増幅度  = 318倍(50dB)
 ・負帰還量 = 7.8dB
 ・周波数特性 = グラフ参照
 ・歪み率  = グラフ参照





 最大出力196V(歪み率5%)は、当アンプ設計時のロードラインからの想定出力とほぼ一致しており、難聴にはなりたくないので実験してませんが、インピーダンス140kΩのイヤースピーカーを繋げば0.274Wもの大音量が得られるはずです。なお、出力トランス8Ω端子では約6V(4.5W)になります。


 周波数特性は、出力トランス8Ω端子から得られるカーブとほとんど同じですが、数十kHz以上についてはSTAX用出力の方がよく伸びています。140kHz前後に小さなテラスが出てますが、これは出力トランス(タンゴFE-25-8)のデータシートに記載されている1次巻き線インピーダンスグラフのテラスと一致しており、その影響だと思われます。

 歪み率についても、出力トランス8Ω端子からのデータと一致します。ぺるけさんによる「難聴危険ライン」、音量20mWでの歪み率は0.09%前後でした。
 



【外付け型の製作】

 上記のようなアンプ内部組み込み型は取り回しこそ楽ですが、アンプが複数台ある場合は全部を改造せねばならず、面倒くさいです。そこで、複数台で共有できる外付け型も作ってみました。プロバイアス用電源部やイヤースピーカーソケットをアンプ本体から独立させ、聴きたいアンプの出力管プレートにミノムシクリップで信号入力ラインを接続する方式です。

 信号回路部分は、アンプ内部組み込み型と同一です。

 プロバイアス用電源は、トヨズミの最も小型(1VA)で廉価(580円位)な100V用絶縁トランスからコッククロフト・ウォルトン回路方式でDC570V位を取り出します。

 このトランスは無負荷だと2次側に117V前後出ますから、2.2kと27kで分圧してほぼ100V弱になるよう調整が必要です。
 
 

 ケースはSTAXの専用アダプタSRD-5の再利用。イヤースピーカーソケット2個とスライドスイッチのみ残して昇圧トランスやプリント基板など中身を取り出し、跡地に絶縁トランスと、全ての整流ダイオードやCR類を組み込んだ10P平ラグを取り付けます。


 もちろん、ケースは何を使ってもかまいませんが、SRD-5だとネットオークションで運が良ければ数百円で落札可能のうえ、入手しにくいソケットを2個も確保でき、穴開けの手間もほとんどかからず、見た目もそこそこ良いのでお勧めです。
 


 信号電圧の取り込みは、先端にミノムシクリップを付けた600V耐圧のコードでアンプ出力管ソケットのプレートピンもしくは出力トランス1次側端子から。取り付けにはシャーシや他の金属部分とのショートが無いかどうか細心の注意が必要ですが、半田付けだと取り外しや再取り付けに手間がかかるのでやむを得ません。信号レベルがうんと高いのでノイズの影響はほとんど受けないと思われますが、念のため信号ライン(赤、黄)にアースライン(黒)を巻きつけて簡単なシールドを施してます。

 基板配置は下図のとおりです。

 









 


【使用上の留意点】

 
今回の改造は1台の既存アンプで普通のスピーカー、ダイナミック型ヘッドホン、コンデンサ型ヘッドホンを使おうという欲っとしい発想の産物なので、使用の際に若干ですが注意点があります。

 
①コンデンサ型ヘッドホンで聴く時は、アンプのスピーカー端子からスピーカーへのコードを外すか、あるいは何も繋いでいないヘッドホンプラグ(プラグ単体の状態)をダイナミック型ヘッドホン用のヘッドホンジャックに差し込んで下さい。さもないと、スピーカーとコンデンサ型ヘッドホンの両方から音が出てしまいます。なお、スピーカーへのコードを外した使い方の際には、アンプの適正動作を担保するためスピーカー端子に8Ωなら8Ωのダミー抵抗を付けて下さい。

 
②普通のスピーカー、ダイナミック型ヘッドホンで聴く時には、アンプの適正動作を担保するためコンデンサ型ヘッドホンを専用ソケットから抜いて下さい。



【雑感など】


 内部取り付け型と外付け型で特性上の差は認められず、ハム・ノイズも元のアンプがダイナミック型ヘッドホンで聞き取れるほども出していない限りは感じられませんので、もし参考にされる場合は使い方やアンプ内の空きスペースなどに合わせて選んで下さい。なお、外付け型の接続にはアンプ側の工作手間を省こうとミノムシクリップを使いましたが、アンプ側にテストピンジャックを取り付け、ミノムシクリップの代わりにテストピンで抜き差しした方が心理的にも安心です。

 さて、どの程度のアンプが必要かというと、音量的には小型アンプでOK。iTunes⇒USB-DAC(0dB.FS=1.2V)を入力源に、最大出力僅か0.8Wの6DJ8差動PPミニワッターでも聞いてみましたが、このアンプの最大出力時プレート信号電圧はせいぜい100Vちょいなのにボリューム1時~2時で「ちょっとうるさいな」と感じるほどの十分過ぎる音量になります。


 STAXの専用ドライバーユニットは最大出力電圧が300V以上のものがほとんどですが、こうしてみると、実際には耳元で聴くことのできないであろう(多分鼓膜が破れる?)大パワーが出せることの意味って何なのでしょうか? 普通のスピーカー用アンプなら、大邸宅の広大な広間にミニワッターではパワー不足となるでしょうが、耳元と鼓膜の距離ってみんな違いはないですよね。歪みの少ない領域を使うためとしても、あんまり説得力はなさそう・・・
 
 
 
 それはともかくとして、昇圧トランスを使うSRDシリーズ・アダプタと比べ、音がすっきりして全体の透明感も高まるので微弱音もよく聞き取れるな、という印象です。音質についてはアンプ次第のうえ、好みも人それぞれなのでここで評価はしませんが、出力トランスを介さないだけに、アンプ(特に出力管)のキャラクターが大きく影響することを実感した次第です。

 (2018.03.31)



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