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テスターに限らず測定器全般に言えることなんですが、1台だけだとちゃんと仕事してるかどうか不安、2台に増やせばどっちの表示がより正確なのかで悩み、3台目が加わっても「煩悩の犬」が一層じゃれつくだけですね。
下の4枚の画像は安定化電源の約1VDC出力を測ったもの。一見すると左から3番目の1000.0mVが正確そうですが、実はこいつがちょうど1Vを表示するよう電源出力を微調整したうえで他のテスターと比べたためだけのことで、電源出力の真の値を示すものではありません。
従って、どれが真の値に近いのか、このままでは何とも言えません。それを知る一番確実な手段は校正用途の標準電圧電流発生器を手に入れることですが、百万円前後もするので、こういう機械は宝くじ売り場のオバちゃんから「銀行窓口へ行ってちょうだい」と言われた時に考えることにします(そんな経験はなかったし、この先もきっとないだろうけど・・・)。
そこで相変わらずの自力更正。簡易校正器を作ってデジタルテスター(あわよくばデジタル・マルチメーターも)調整を試みることにしました。
【コンセプト】
デジタルテスター(デジタル・マルチメーター)のキモは直流(DC)電圧計。DC電圧は言うに及ばず、DC電流・AC電圧・AC電流・抵抗値ともDC電圧に変換された後にDC電圧計に入り、そこで計測された電圧がアナログ・デジタル(A/D)変換を経て表示されます。つまり、DC電圧レンジをしっかり調整できれば、AC電圧など他のレンジも付随的に正確さが増すはずです。
そこで、簡易校正器のコンセプトとして
@確度±0.1%級のDC基準電圧発生能力(上画像のような1000円テスターは公称確度±0.5%程度なので)
A20mV、200mV、2V、20Vの各レンジに対応できるDC基準電圧発生能力(高圧レンジは無視)
BΩレンジ校正用に許容差±0.1%の抵抗数本を内蔵
C高確度のAC基準電圧発生は困難なので、ACレンジは完全無視
Dコストは3000円程度
を目指してみました。
【回路とパーツ】
説明の必要もないほどシンプルな回路ですが、一応概略を記しておきます。
テスターのDC電圧レンジ校正用部分(回路図上段)は、9V電池を電源として2個の基準電圧ICで19.41mVから8192mVまで5レンジの校正用基準電圧を発生させます。これをソースとしてテスターの表示をチェック、誤差があればテスターの内部を調整します。
5レンジのうち最も確度が高い(真の値に近い)のはICからダイレクトに出力される2500mVと8192mVで、これらの確度はICの確度そのものです。2500mVをベースに抵抗分割によって発生させている19.41mV〜908.4mVは、抵抗の許容差(誤差)が加わるためやや確度が落ちます。
R2とR7は各ICへの電流制限用。電源スイッチと繋がっている側のロータリースイッチは、使っていない側のICへの電流を遮断して電池の消耗を防ぐためのものなので、省略してもまったく問題ありません。
回路図の下段はΩレンジの校正用で、基準電圧発生部分とは独立しています。幾つもの抵抗をテストクリップでとっかえひっかえ挟む手間が省けるだけの仕組みなので、なくても全然かまいません。
外部接続端子は、テスター用のテストピン・ジャックと、他の測定器用のBNCの2本立て。
〈基準電圧IC〉
National SemiconductorのLM4040AIZ-2.5とLM4040AIZ-8.2です。出力電圧は前者が2500mV、後者が8192mVで許容誤差はいずれも±0.1%(25℃で)。2SK30Aなどと同じ姿形なので非常にハンダ付け作業が楽チンです。 中身は画像右端のようになっているらしく、1個200円台なのに正確さや安定性などは定電圧ダイオードなど足元にも遠く及ばないハイレベルです。 接続は画像のように平坦面を手前に見て、真ん中の足が(+)、右足が(−)、左足はNC。 |
〈抵抗〉
許容差±0.1%でリードタイプ、欲しい抵抗値のものを国内で揃えるのはなかなか困難です。品揃えが比較的豊富(?)な千石電商でも置いているのはせいぜい30品目程度。1本が150円前後するので、何本も直列や並列にして希望の抵抗値を作るにはちょっと・・・ チップ抵抗なら安くて抵抗値の種類も豊富ですが、老眼には全く不向きです!!
そんな訳で、切りのいい基準電圧を作るのをあきらめて、入手可能な抵抗値に合わせた半端な電圧で妥協しました。
【基準電圧の誤差について】
右図は本機の要素を必要最小限な形で表したものです(Vや%、Ωの数値はとりあえず無視して下さい)。 A点の電圧はICで維持された電圧そのものですので、電圧の真の値は必ずICの誤差の範囲内に存在します。本機の場合、8192mVと2500mVレンジがこれに該当し、LM4040AIZシリーズの公称誤差は±0.1%なので、2500mVを例にとると真の値は2497.5mV〜2502.5mV間のどこかにあり、テスター表示がこの範囲を外れなければ「極めて健康、治療不要」ということになります。 |
19.41mV〜908.4mVレンジにあたるB点については、ICの誤差にR1とR2の誤差も加わるので、真の値が潜む範囲の割り出しはもう少し複雑になります。
右上図のケースでおさらいをしておくと、
●B点が真の値の1Vになる ←→ IC、R1、R2とも誤差±0% (この場合はもちろん、A点も真の値の2Vが出現)
●B点が真の値の1Vから最も上振れする ←→ IC誤差が+1%、R1誤差が−1%、R2誤差が+1%の時 → 1.0201V
●B点が真の値の1Vから最も下振れする ←→ IC誤差が−1%、R1誤差が+1%、R2誤差が−1%の時 → 0.9801V
となって、真の1Vが存在するのは0.98Vから1.02Vの間です。
本機の場合はどうなるかというのが下表。1/2 3桁・1999カウント廉価版デジタルテスターの現状チェックと校正は十分可能なレベルで、 1/2 4桁クラスのデジタル・マルチメーターにもそこそこ対応できます。
RANGE | MIN | 基準値(誤差ゼロ) | MAX | 最大誤差 |
A | 8183.8mV | 8192mV | 8200.2mV | ±0.1% |
B | 2497.5mV | 2500mV | 2502.5mV | ±0.1% |
C | 906.321mV | 908.385mV | 910.451mV | ±0.227% |
D | 150.962mV | 151.397mV | 151.833mV | ±0.288% |
E | 19.3519mV | 19.4097mV | 19.4677mV | ±0.298% |
【製作】
内部のレイアウトはこんな感じ。ケースはタカチMB-11(80×55×150mm)で、通常は天井になる蓋の一番広い部分を正面として使います。 こうすると奥行きが55mmしかなくなるので、タカスのデジタルパターン基板IC-701-70N(45×72mm)や006P乾電池は垂直置きでないと収容できません。 基板はL字金具、電池は面ファスナーで固定。基板を固定すると半田ごてが入らなくなるので、先に端子周りの配線を済ましておきます。 |
基板部です。ロータリースイッチや電源、LEDなどへの配線材は全て、基板をケースへ固定する前に基板側に取り付けておかないと結線作業が非常に難しくなります。
タカス基板 IC-701(301)-70のパターンはこちら。自由にご利用下さい。
これで裏蓋をねじ止めすれば完成。調整部分はなく、ICの向きと配線さえ間違えなければ所定の電圧が出てきます。
【校正】
廉価版テスターの場合、そのほとんどは最小レンジが基準レンジと思われます。裏蓋を開けて覗いてみると、手元の3台ともフルスケール200mVがベースで、これを超える電圧は抵抗分割により200mV以下に減衰させて測定しています。
右はそのうちの1台の回路の略図。一番確度が高いのは200mVレンジ、他レンジは誤差±0.5%級抵抗による分割なので結構誤差が出るはずなんですが、取扱説明書では200Vレンジまではいずれも確度「±0.5%of rdg ±2 digits」とうたっていて、さすがは中華製!! |
簡易校正器にテスト棒を差し込み、各レンジの表示電圧をチェックしたのが下表の「Before」。どのレンジも基準電圧の誤差範囲を少し外れており、テスター内部の調整が必要です。
基準電圧範囲 | Before | After | テスターレンジ |
8.183〜8.192〜8.200V | 20V | ||
2.497〜2.500〜2.502V | 20V | ||
906.32〜908.38〜910.45mV | 2V | ||
150.96〜151.39〜151.83mV | 200mV |
電池交換の手順と同じで、まずテスター裏面のネジを緩めて裏蓋をパカっと外します。基板を眺めると3台とも、調整可能な箇所はDC電圧レベル調整用の200Ω半固定抵抗が1個あるだけです(右画像の赤矢印)。 調整は、抵抗を介さないので誤差が最も少ない200mVレンジを基本にします。簡易校正器から151.4mVを入力、この半固定抵抗をドライバーで少しずつ回してテスター表示が151.4mV前後に落ち着くようにします。 多回転型でないチャチな半固定抵抗なので、ピシッと一発で決めるのはかなり難しく、かと言ってあまり何度も繰り返すとガリが出て使いものにならなくなるので要注意です(当方の1台は、5、6回でアウトでした・・・)。 |
この後、テスターを他のレンジにしてそれに対応する基準電圧を入力、表示が基準電圧の誤差の範囲におさまっているかどうかチェックすればOK。上の一覧表の「After」が調整結果で、各レンジとも非常にうまく収まっていました。
電圧レンジの校正が終わったらΩレンジもチェックしておきます。抵抗値が上がるにつれやや甘くなるものの、実用にはまったく支障のない確度です。
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【デジタル・マルチメーターのチェック】
デジタル・マルチメーター(1/2 4桁型)2機種をチェックしてみたのが右画像。 両機種ともネットオークションで入手した「通電のみ品」を自前でゼロ点校正しただけのものですが、4桁目までピッタリ一致していて異常はなさそうです。 実用上はこの程度の点検で十分ですが、本腰を入れて調整するとなると基準電圧の確度を少なくともあと1〜2桁上げないと難しいです。 |
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【製作費】
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アルミケース、基準電圧IC、±0.1%抵抗以外はほとんどストック品やジャンク箱を漁った再利用品ですが、いちから揃えるとなると4000円超と予定をかなりオーバーしてしまいました。 備考欄は、そこでないとなかなか入手しにくいので記しておきます。 海の彼方のDigi-Keyなら±0.1%抵抗は50円前後と格安、ICも合わせて入手できますが、購入総額が7500円未満だと一律2000円の送料がかかるので、少額買いには向きません(7500円以上は送料タダ)。 |
【おわりに】
この簡易校正器、アナログテスターのチェックにはほとんど使えないと思って下さい。8192mVと2500mVレンジはアナログテスターを繋いでも全く問題ありませんが、抵抗分割で発生させている908.4mV以下のレンジは使用抵抗値の制約から誤差が非常に大きくなるためです。
誤差が大きくなる理由は@908.4mV以下のレンジは校正器の出力インピーダンスが高くなるAアナログテスターの入力インピーダンスはデジタルテスターより遙かに低くて20kΩ/V前後しかない―ためで、19.4mVレンジはそれでもそこそこ正確ですが、あとの2レンジは「テスターが壊れてる」と早とちりしかねない結果が出ます。どれだけ誤差が出るかはテスターの入力インピーダンス次第ですので、ご自分で計算してみて下さい。
(2016.01.11)
【追補】
その後、基準電圧ICをLM4040AIZ2.5(2.5V±0.1%)からアナログ・デバイセズのADR4525(2.5V±0.02%)に、基準抵抗の一部を±0.1%級から±0.01%級に変更してみました。確度がひと桁良くなるので1/2 4桁の普及型デジタル・マルチメーターなら校正が可能ですが問題はコスト。±0.01%抵抗は最低でも1本800円以上するので、その使用数をどうしたら減らせるか目下思案中です・・・
(2016.01.23)